原典への愛、原典を高める!『聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話』の頂

2010年、雑誌としての黄金期にある『週刊少年チャンピオン』。
『バキ』『浦安』『ドカベン』といった古豪勢はそのままに
『ケルベロス』『シュガーレス』『ハンザスカイ』の
通称「3stars」、その前を走る
『バチバチ』『弱虫ペダル』といった新興エース群が
全て瑞々しく回転。
ビッグネームが居座る動脈硬化など全く感じさせず、
雑誌に新鮮な風を送り続けています。
そんな中、それら新興エース、古豪の中間位置にあって
ひとり孤高の道を歩む連載。
それが『聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話』
(以下『聖闘士星矢LC』)なのでした。
これまでも充分素晴らしい連載として認知していましたが
ここに来て、連載の極みに到達した感があります。

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この一撃届かせる!!!

第203話「成すべきこと」。
この回を読んだ時は、震えるほどの衝撃を味わいました。
既に200回も読んできて、この『聖闘士星矢LC』が
どんな方向性の作品か、どういう描きをするか、というのは
わかっていた。わかっているつもりだった。
しかし、それを更に同軸上で一歩越えられてしまったような…
20巻越えて、至るか!と感動してしまいました。

まず前提知識として、かつて週刊少年ジャンプに
『聖闘士星矢』という大人気漫画がありました。
様々な宗教のチャンポン気味な世界観の中、
血を流し、命を落としながら神話を刻む聖闘士たち。
原典たる『聖闘士星矢』は、大雑把に物語を追うと
まず身内、ギリシャでの内乱を納めたアテナが
聖闘士たちを従え、そこから海王、冥王との
聖戦へと踏み込んでいった。

既に存在している、他作家による『聖闘士星矢』である
『エピソードG』は、原典に登場した黄金聖闘士たちの前日譚。
一方、本作が描いているのは「前聖戦」。
200年ほど前の、ひとつ前の聖戦を描いています。

※ちなみに聖闘士星矢作者、車田正美先生自ら
 同じ冥王神話シリーズで、『NEXT DIMENSION』という
 また別の解釈での過去聖戦を扱っているのですが…
 車田先生、筆が遅すぎて全然話が進まないので(笑)
 とりあえずそちらは静観という事にしておきましょう。

原典登場人物の過去話を描く場合、
同じ原典を読み直しても
まるで登場してくるキャラクターの厚みが違って見えてくる…!
という、直接的な形での後付補強を行う事になる。
一方で『聖闘士星矢LC』の描き方、つまり
前聖戦であるという事は、必然的に
「世代が変わる」事になる。
登場人物の多くは、「物語上生存する義務」もなく
多くは前聖戦で散っていく。
僕らの知る限り、生き残るのはシオンと童虎の2人だけ。

だから、散りゆく花を描く。
本人を厚く描くのではなく
前任者を厚く描く事で、継承譚の意味合いを深め
先人達がこれほど素晴らしいのだから、後の聖戦も
また凄いものだったのだ…!という、間接的な
作品世界の底上げを行うのが「冥王神話」の在り方でした。

それは、これまでも何度も成功してきた。
蟹座のマニゴルドをはじめとして、
これまで作中で散った黄金聖闘士たちは皆美しく、
彼らの物語の厚みが、結果として原典そのものも底上げするような
とても理想的な、原典とアペンド・アナザーの関係性は
既に築かれていたわけです。

で、そういう話だとはこちらも既に汲んでいた。
ゆえに、黄金聖闘士の関わりが弱い時
ちょっと本編が中だるみしてしまったりする事もあったのですが
最近、物語が終局に向かう為に風呂敷を畳みだしてみると
あらゆる要素が、なかなかどうして綺麗に纏まっているのでした。

この物語は「前聖戦」でありながら、「異端の戦」でもある。
原典の聖戦が、女神アテナと冥王ハーデスによる
混じり気のない、「神々の争い」だったのに対し、
今回はロストキャンパスという名前そのものが物語るように
死を描くキャンパスの完成を目論む、
深い悲しみを持つ少年アローンが
冥王ハーデスの依代に留まらず、精神を支配。
そのアローンに対し、妹として生を受けた
女神アテナたるサーシャ、
更には冥王との世代を超えた因縁を持つ天馬星座(ペガサス)、
テンマも彼らの幼なじみとして生誕。
冥王、女神、天馬星座という聖戦に欠かせないピースは揃いながらも
それが極めて身近な、「人の物語」として織りなされているのが
今回の聖戦の特殊な例なのでした。

※テンマの父、ヨウマがこの「歪んだ聖戦」の仕掛け人のようですね。
 最終的に、物語は、彼から神話を取り返さなくてはいけないなぁ…

故にこの聖戦には、ハーデスはいるが、ハーデスはいない。
その力は振るわれていても、アローンとして動く以上
ハーデスとアテナの正面切った聖戦にはならない、
外観は聖戦、内実は人の戦という歪んだ側面があるわけです。
そうはいっても規模は聖戦、黄金聖闘士たちは
己の命を賭してアテナを守り、ハーデスたるアローンの元に
送り届けようと各所で奮闘する。
聖闘士側から観れば、ハーデスであろうがアローンであろうが
暴挙を止めるという目的においては
あまり違う所がない、という話かもしれません。

ところが話が当事者たるテンマとサーシャ、
何よりハーデスに仕えるパンドラ、冥闘士となってくると
それは大きすぎる違いを、意味を持つ。
人間としての悲しみで筆を、死を振るうアローンに付き従う事は
本質的な意味で、ハーデスに従う冥王軍とまるで異なる。
極端な話、アローンは冥闘士も聖闘士とともに
全てを死の絵画、ロストキャンパスで埋め尽くしたいわけですしね。
そうなると、彼らの戦いは
「人によって踊らされた、偽りの聖戦」になる。

パンドラは、随分前からその立場で行動していましたが
どうもハーデスに仕える男と女、という個人の関係が強すぎるせいか
僕はそこまでピンときていなかったのです。
とにかく、自分の愛しのハーデスがアローンに奪われて
ムカつく、といいますか(笑)。失礼な物言いをすると
女性の女性的感情の範疇で、パンドラの行動を追っていた。
パンドラといういち人格は認めていても、その後ろに
「冥王軍」あるいは「冥闘士」というものは観ていなかったのです。

そこに現れたのが、三巨頭がひとり、ラダマンティス。

ハーデスに絶対の忠誠を誓う男が、
天才黄金聖闘士、獅子座レグルスとの戦いを経て
その本来の望みに立ち返った時、やはりそこにあるのは
「ハーデスではないアローン」を除く事だった。
しかし、己の神としての力はそもそも彼に与えられたものであるし
その力すらレグルスとの戦いで失われ、
心臓すらその身にはない。
パンドラがもがいているように、目指す究極はアローンを打ち倒し
ハーデスを取り戻す事ながら、その力は身に残っていない。
ならば何をするか?というところで、ラダマンティスは
アローンが封じた、女神アテナの力を解放する手段に出る。
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アテナの髪を顔料とした…アテナの力を封じた絵…!
あれを破壊すればアテナは神に戻る…!!!


言うまでもなく、ラダマンティスは骨の髄まで冥闘士。
そこは「理屈じゃない」。

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…貴様がなりすましていたハーデス様はな…
俺が…生涯かけて探した主よ…!
理屈じゃない
俺にとってもパンドラ様にとっても
あの方に仕えることが唯一の存在理由だった…


そうである以上、
アテナが最大の怨敵である事は、何一つ変わりがないはずなのです。
しかし、この行為は明らかにアテナを手助けする利敵行為。
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そこに矛盾はないのか?…全くないですよね。
ラダマンティスは、アテナを憎み、倒す為の大前提としての
「理屈じゃない」立場を取り戻す為に、冥王軍である必要があるし
冥王軍が冥王軍であるには、その頂点には冥王ハーデスが
冥王としてその力を行使しなくてはいけない。
つまり、この聖戦は既にラダマンティスにとって
前提条件に欠ける、誤った聖戦だったわけです。

それを是正すべく、アテネ封印の絵を貫く一話だったわけですが
セリフがまた、素晴らしかった。

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「次の聖戦へ!!!」

歪みによってもたらされた、人の物語を
真の「神話」へと取り戻す為に。
そこでこそ己の命を賭して、神々の駒として
歯車の矜持を、誇りを持って戦う為に。
その為に表面的な己の主に牙を向き、
幾星霜も憎しみあう女神の助けも行う。
事ここに至って、聖闘士も、冥闘士も
「神話を取り戻す」という一点において
全く協力しあわない中での
(実際、ラダマンティスはレグルスを殺したばかりですしね)
共闘関係、が成立したのでした。

黄金聖闘士の物語は、なんとなく理解できていたのです。
それは、僕自身が人間だからかもしれない。
人の歴史が、継承によって紡がれる事は
知識でも、感覚でもわかっている事。
だから、前任の黄金聖闘士たちの散華する様に
僕らは感動し、その生き様、死に様に興奮し
ああ、原典の『聖闘士星矢』は偉大なんだなあ、という考え方をしていた。
しかし一方で、こんな思いもあったわけです。

「前任者偉大すぎね?」

…身も蓋もない言いようではありますが。
あまりに、この物語の黄金聖闘士たちが美しすぎるが故に
ともすれば、本来根っこにあったはずの
原典、『聖闘士星矢』の黄金聖闘士たちが
不肖の弟子のように思えてしまう瞬間もあった(笑)。
この辺、おそらくは原典黄金聖闘士再評価漫画である
『エピソードG』を、同じくらいの熱をもって読み込んでおけば
原典側の格も上がり、回避できた感覚かもしれません。
しかし、『聖闘士星矢LC』単品では
少々苦しい黄金聖闘士の比較ではあったのです。

しかし、冥闘士側という発想があった。
これは、自分自身が何度も生を
(冥闘士で生というのも、妙な言いようではありますが)
繰り返し、再び今ある自分として現れる…
という感覚がないからでしょう。
冥闘士の感覚については、どうしても鈍感だったのですが
今回のラダマンティスによって、蒙を拓かれた感がありました。

そうか、彼らは継承ではなく、輪廻の物語として
「今度こそ、神々が全てをぶつけあう、真の聖戦」
に、そしてその中で神々の槍として戦場を往く己を渇望する、
またただ一つの存在なのだなぁ…

そんなラダマンティスが象徴する、
熱い冥闘士たちの想いが実った
次の聖戦=原典『聖闘士星矢』の聖戦は、
互いが凡そ500年ぶりに、ついに、
ノイズなく女神と冥王として衝突できた、とても素晴らしい
約束された戦いだったのだなあ・・・おめでとう…
と、言いますかね。
冥闘士側から、原典に満足してしまった。
原典を読んでいた時は、当然そんな感覚はなかったのに
まったく遠くの位置から、予想外に、原典そのものが
グッと格上げされてしまったのです。

元々、作者の手代木史織先生は
聖闘士星矢のファンだそうです。
自分が好きなものに対し、まず人が行う事は
「それが素晴らしいものである」という主張。
論が立つ人なら、それがどれほど素晴らしいかを語り
訴求力を持つ人なら、その作品が好きだと主張する事で
全体の印象そのものを変えていく。
しかし作家の場合、こんな奥の手もある。
スピンオフの側から、原典自体を底上げしてしまい

「自分の好きだった作品は、これくらい素晴らしい」

という…敢えて悪い言葉を使うと、
後付による捏造(再定義)ですよね。
本来の原典に備わっていたキャパシティー以上のものを、
原典が好きだった人が付加する事によって、
「原典はそれくらいすごかったんだ」と言い張れてしまう。
そして考え方を変えれば、ある人間を
そこまで駆り立てたという事は、巡り巡って
原典にも、やはり本質的にそれだけのエネルギーがあった、
という言い方もできるのでしょう。

なんにせよ、作品と、その作品の
スピンオフ、アナザーエピソードによる幸福すぎる補完関係。
ゲームでは、自社内でそれを全てやり遂げてしまった
超のつく傑作『マブラヴオルタネイティヴ』、
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同人誌世界では、『ネギま!』世界を上記オルタ的解釈でもって
意味のある日常なんだ、と上書きしてみせた
後の東毅先生、きみまるさんによる『ねぎまる』…
特に、きみまるですか。そのあたりが思い出されます。

大テーマ的には人間の一回性への自覚を問う、
執拗なほどに糾弾的な物語なのですが、
僕はその根っこは至ってシンプル
「この物語が好きだから」だと思っています。
その物語が好きだから、より価値のあるものとして見たい。
故に世界の選択として、ようやく辿りついたゴールとして
『ネギま』の世界が、
『マブラヴエクステンド(オルタードフェイブル)』
の輝かしい、「普通の」世界がある、という描きですね。

『聖闘士星矢LC』の描きにも、同種のモチベーションを感じます。
LCによって、原典の聖戦は原典になかったほどの輝きを持ち
それは、初期動機であるはずの「聖闘士星矢って素晴らしい」
という手代木先生の欲求をこれ以上なく満たせている。
手代木史織先生が、どれほどのレベルで
『聖闘士星矢』を好きだったかはわかりません。
しかし、彼女は…まだ未完ですが、もう「やりきった」と思います。

聖闘士星矢の後発でしかない彼女の力によって、
聖闘士星矢はかつてなかった程の強度を得た。
それはとても痛快な、「愛の力」。

原典を覆い、押し上げるほどの力を見せた
『聖闘士星矢LC』、連載中にこんな事言うのもなんですが…
本当に、お疲れ様でした!最上級の仕事だと思います!!
皆さん、彼女の「愛」を見届けましょう!

余談

…パンドラ様かわいいよね(笑)。
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いやー、女が勝負に際し化粧をする、という感性自体
ちょっと男性には難しい発想なのですが、
それが涙やら汚れやらでボロボロに剥げ落ち
更にそこに「萌え」が宿るなんて、
嫉妬するレベルのキャラクター完成度だ。
・before
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キャーパンドラ様カッコイイー
・after
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キャーパンドラ様ボロボロカワイイーw

twitterで

08:02 【聖闘士星矢LC】パンドラさまペロペロ!…はッ、あずにゃんにもイカちゃんにも微塵も心動かされぬ俺が、パンドラさまペロペロ…だと…!?←バカ 先生…パンドラ様とラダマンティスの薄い本が…欲しいです…! #weekly_champion

と、バカな事を言っていますが(笑)。
本当に、そう言いたくなるくらいの
脆さをもったキャラクターの美も纏っていた。
『ダイの大冒険』のハドラーばりに素敵な
ラダマンティスだけでも凄まじいのに、パンドラ様も可愛いのだから、もう。
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パンドラ様がヘタレキュートな『聖闘士星矢LC』を、
みんなで読もう!!(あれ?)



http://twitter.com/rui178 呟いております。
木曜朝は、大概週刊少年チャンピオン愛読者モードです。

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