モーニング『僕はビートルズ』 期間限定、作家・かわぐちかいじの潜在情報

『ピアノの森』が掲載されている時だけチェックする(おい)
『モーニング』で、このたび
巨匠かわぐちかいじ×新人原作者藤井哲夫という
異色の隔年タッグによる新連載
『僕はビートルズ』が開始されました。

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『ヤングジャンプ』で行われたように、
鳥山明先生と桂正和先生が組むようなものも、嬉しいのですが
そういう巨匠タッグは、もう組んだ時点で
一定以上のものを見込んでしまうので…
今回のサムシングな組み合わせは、両者にとっても
読者にとっても刺激が大きい。楽しみです。
↑一応ビートルズの名曲「サムシング」にかけたかったらしい


The Beatles - Something
第三のビートル、ジョージ畢生の名曲。
個人的にはhere comes the sunを愛してる。


それで、この『僕はビートルズ』第一話
個人的には、何より爆笑しまして。
まだ読んでいない方は、ここでページを閉じて
本屋でモーニング立ち読みして(立ち読み推奨スンナ)
もう一度来て頂きたいな、と。
このネタは、自分でゼロから読んだ方が面白いですから。

読み終わってます?読み終わりました?

…ねえ(笑)。
いや、バカにするようなニュアンスでは全くなく
「やりおったわ!」な清々しさに支配された笑みです。
「今この時期に、かわぐちかいじ先生が、
 しかもモーニングで、新連載をする。」
この事実に極めて自覚的な、物凄くクリティカルなタイミングで描かれた
期間限定爆弾のような作品、それがこの第一話。
単行本になってしまってからでは勿体無く、
今の気持ちの何割を得られるか、わからないので
今のうちに体験しておけて、本当によかった。

モーニングとかわぐちかいじ。
言うまでもなく?少し前まで
巨弾連載『ジパング』を掲載していた雑誌と
描いていた作家。
その印象もまだ残る今、そこからあまり間を置かず
同じ組み合わせが放つ新連載。
しかも冒頭から、題材が
ビートルズのコピーバンド(過去への憧憬)。

こうなると、読者の殆どは「無」からは作品を読めない。
特に、掲載誌がモーニングである以上、ここ数ヶ月で
「突然新規購読はじめますた!」
という例外ケースを除き、
ほとんどの人は『ジパング』が脳内に存在しているわけです。

この冒頭で、知っている上で『ジパング』を思い起こさなかった人は
ほとんどいなかったのではないか…と、思います。
逆に全く思いつかなかったなら、それはそれで幸せ。
僕らは、この時点で「『ジパング』を前提とした読み」が発生し
「まっさらな気持ちで読むこと」を放棄せざるを得ないわけですから。
…とはいえ、その「前提とした読み」が面白いですね、というのが
今言いたいことではあります。

『ジパング』が意識にある以上、読者は本作を読みながら
「いかにもタイムスリップしそうだな(笑)」と思いながら読む。
とはいえ、ここで「(笑)」とつけているように
そう思いながらも、そこまで本気で
「そう」来るとも思っていないわけです。
だって、自分を特別視でもしていない限り
こんなの、読者の誰もが思うと感じる事ですから。
作家がわざわざ、全員がそう来ると思っている所を
そのまま描いてくるとは思わない。

そうしたら、そのまんま描いてきた、と。
このあまりにも鮮やかな引っ掛けに
思わず笑ってしまったわけです。

正確に言うと、作品内にそんな引っ掛けは存在しない。
ただ、勝手に僕のような読者が
「タイムスリップの可能性を見て」

「まさかそれはないだろうと思って」

「実際そのまんま組んできた」
というフェイントを独自生成しているだけ。
しかし、こういった
「コマの中にない情報」というものは
「有る」とも思います。
それは、作品を跨ぐ同時代的な横のつながりかもしれないし
同じ作家、或いは同じテーマなりの括りが抱える
縦の繋がりかもしれない。
今回はいくらか特異なケースとはいえ
かわぐちかいじという、漫画家の持つ
縦の情報だ、と言える。

代表的な例としては
「あだち充先生の描く顔」。
殆ど描き分ける気がない…というよりは
固定化し、キャラクター記号がハッキリしていて
ありふれた顔を、逆に武器として
そのまま作品の情報として利用してしまう。
彼の作品を追ってきた人は、難しく、考察なんてしてこない
ライトな読み方であっても。
顔を観た瞬間、作品の中の大まかな立ち位置までわかります。
描きたい事以外の多くの説明を「絵」だけで端折る効果があったり、
また外してきた時、勝手に
「まさか、あだち○○顔がこんな事するなんて…!」という
(勝手な)ギャップ演出にもなるという、
作家としての情報蓄積を行ってきているわけです。

先日終了した最新作『クロスゲーム』で言えば
30年前から続く、
あだち長髪ヒロイン対短髪ヒロインの構造は堅持しつつ
(これ、自分の絵だと長髪が重たくなってしまうから
 時代にあわせ、80年代中ごろから
 短髪優位の傾向にシフトしたんですかね?)
決勝の対決は、『タッチ』の上杉達也…というか
『H2』の比呂=あだち主人公デフォルトと、『H2』の英雄が組んで。
『タッチ』の二大ライバル、
須見工の新田(と、『H2』の広田の合体キャラ)と
勢南の西村のタッグと闘う、という
あだち野球漫画ドリームマッチの様相を
読者が勝手に観る事ができたりして、
その西村の「子孫」(笑)及川の
光に格負けしない、ナイスピッチングに
「西村一族、よくぞここまで…!」
長年の読者は勝手に感動してしまったりします。
↑勝手に感動した奴

つまりあだち充先生というのは、「フラグ」のように
普通物語としての縦軸で、皆が集積していく類の情報を
自前の中だけで、自分の「画」だけで体系化してきてしまったという
一種の化け物みたいな自家製漫画家なのですが(笑)。
(昔の偉大な漫画家には、結構いたタイプと言う気もします。
 様々なジャンルに挑戦していく分、キャラ説明は
 その情報でもって省き、圧縮していったのではないかと)
じゃあ、こういう類の
キャラクターに限らず、作家が築き上げてきた情報を
かわぐちかいじ先生が持っているかというと
…まあ、それほどの事もないと思う。あだち充先生のように、
何十年も積み上げ続けてきた「型」のようなものはない。
ただ、『ジパング』の直後で、『ジパング』の掲載されていた雑誌、という
期間限定の「連想を近づける」情報の助けをもって、
一時的に「ソレ」に近い効果が出たのではないか、と思うのです。

僕はこの第一話を読んだ時から、とにかくこの
期間限定の情報を利用した「行為」そのものにシビれて
先の展開がどう、というよりも
「この展開しかけた人スゲェなぁ…」と、
なんとかして作品誕生の過程を知りたいな、
藤井×かわぐちの対談とか掲載してないかな、
単行本一巻にその辺の情報あるかな…と思っていたのですが。
モーニングの公式サイトによると
MANGA OPEN審査員を務めるかわぐち氏は、選考時からこの原作を絶賛。そしてついに、『ジパング』に続く自らの作品として、本作を漫画化することを選びました。

どうやら、かわぐちかいじ先生御自らが自分で作品を選び
この「演出」を生み出したようなのです。

編集者の可能性もあるかと思っていましたが…大したものです。
同時に、今回はあくまで「期間限定」だった
かわぐちかいじ先生という名前が持つ情報が
ある意味、今回の選択でもって確定情報化した、とも言えるかもしれません。
まぁ、元々『太陽の黙示録』はじめ
パラレルワールドの中で、寧ろそちらが主ではなく
「今という世界」を描く、という意味では
既に存在する作家性と言えなくもないんですけどね。
明確なタイムスリップ展開も含めた、フックは
ここで確実にかかったな、と思います。
今後、かわぐち作品にはビクビクしながら接する事になるでしょう(笑)。
こういう刺激が、読書体験に豊かさを加えてくれる。
全く、面白い事をしてくれたものだ、と思います。


ここで作品内容にまるで触れてない件(笑)。

僕自身、ビートルズは大、大、大好きですから
作品自体も楽しみにしています。
ビートルズ自体を知っている方が、楽しめるのか…というと
おそらくそうなのでしょうね。
第一話でも、バンドをビッグにしようとする
ポール・マッカートニー役の鳩村と、
バンドをコマーシャルなものにせず、ただありのままにしようとする
ジョン・レノン役の鷹津が対立するのですが、
これは「一般的な」ビートルズ観そのもので
ニヤニヤしてしまう。
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(もう『ゲットバック』期か…終わりも近いな)

実際のところは、
時代が進むほどに、そう一面的な話ではなく
ポールの中にジョン的なものを、
ジョンの中にポール的なものを見出そうとする
歩み寄りの評価・研究は進んでいくのですけどね。
とりあえず、ビートルマニア的なものをターゲットにせず
何千万人単位に周知されている
「一番有名な、ビートルズの関係性」を
抽出しているあたり、そうマニアックにはならない程度に
うまい事、ビートルズという情報を利用していると思います。

ビートルズの214曲目を生み出そうとするポール鳩村と、
それに否定的なジョン鷹津。
鷹津はそれを、
「俺はお前より…ビートルズを好きなんだ」
と言っているのですが、愛が過ぎるほどに
原典主義的になるというのは、納得はしつつも
そう言いきれた話しでもないと思っていて。
同じ、
21世紀になってもビートルズの曲を演る、
という共通点がある以上、
結局は愛の形の違いでしかないとは思うのですが、
それが1961年という時代にタイムスリップすると、話は違ってくる。

21世紀にあっては、同じ愛が単なるベクトルの違いとして
「新曲発表」「保守本流」に分かれただけかもしれませんが
それが、「ビートルズが生まれる前に、
ビートルズの全ての歩みと全てのメロディを知ってしまっている」
という状況に放り出されると、想いの根っこにあったとしても
21世紀では、表面化しないままだったはずの
「野心の根」を抉り出してしまう。
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1961年、3月11日という事は
まだ、リンゴ・スターも加入していないアマチュア時代。

今彼らは、「世界を変えた音」を知っている、
本人たちを含めても、世界唯一の存在なのですよね。

ビートルズになりかわろうとする。
(日本発でビートルズになりえるのか、という問題はあるが)
ビートルズの解散を阻止しようとする。
ビートルズを、ただあるがまま自分達の知るビートルズにしようとする。

様々な、ビートルズに対するスタンスが
結果として各々の、いや人の
過去の歴史に対するスタンスを明らかにする。
例えば『ジパング』のラストは、核の落下は阻止できた一方で
反動としての高度経済成長期もなく、緩やかな国家成長に留まる…という
要らない部分だけ切り抜いて、望むような未来は生み出せない…という形で

結局、今ある世界こそが今ある世界なんだ。

という現実肯定の表現になっていた、と思うのですが。
そこを「ビートルズ」という存在を使って描く事に、ロマンを感じます。
昔から、文化人が語るビートルズという文脈はあって
W村上(村上春樹、村上龍)をはじめとして
既に「文化的現象として、世代論としてビートルズを語る」
というのは「ある」んですよね。

ビートルズってなんだ?―53人の"マイ・ビートルズ" (講談社文庫)
講談社
村上 龍

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そういう人達は、ビートルズ武道館公演を、
ビートルズ解散を、
或いはジョン・レノン射殺を「時代の区切り」として語る事が多いのですが
言うまでもなく、そういう神格を得たビートルズという神話自体が
「10年弱で解散し、213曲でストップし、その後主要メンバーが
悲劇の射殺で亡くなってしまった」
という、負の側面も含めてのビートルズなわけです。
極端な話、その悲劇性が付与されていなかったら
ビートルズは今なおここまで巨大なのか、わからないし
本作の主人公達も、
ビートルズのコピーバンドにたどり着いたかすらわからない。
そういった「歴史的事実を前提として存在する今の自分達」が
「歴史的事実に働きかける機会を得た」という物語になっていて
それは、結果として「ビートルズ以後」の
今の僕らの時代を浮き彫りにすると思っています。
(まあ、僕生まれた時にはジョン死んでたけど、ビートルズ超好きだもんね)

このテーマを、かわぐちかいじ先生が描くという事は
言ってみれば、「日本の敗戦(原爆)」と同じ価値に
「ビートルズという存在」を並べてしまっているわけで、
そこに一種の爽快感を覚えたりもします。
徹底してマクロを描いてきた作家が、
音楽というジャンルのいち存在を
同じレベルの歴史の節目だ、と認めているわけですから。
ビートルズを愛してきた一人として、こんな嬉しい事はありません。
興味がない人には、それほどのもんじゃねーだろ…と
思うかもしれませんけど、それも含めての「ロマン」なんですよね。
ビートルズという「歴史」に力を貰ってきた一人として
この作品の歩みにも、注目しています。

ちなみにビートルなのに主要人物の名前が虫縛りじゃないのは
(蜂矢、鳩村、鶴野、鷹津)
“Free as a Bird”という事なんでしょう。
何故主人公、ジョージ蜂矢だけ虫なのか、理由はあるのか。
(個人の才能でいくと、リンゴを外す視点はあると思うけど…)
ジョージ大好き人間として、ここも注目して追っかけようと思います。

What is Life - George Harrison

キャージョージカッコイイー!!!
1970年に限れば、最強のビートルは
ジョンでもポールでもない、ジョージだ!!
…まあ、この作品の主人公がジョージ蜂矢なのは
ポール鳩村とジョン鷹津という、2人の天才(の位置)を
後ろから見つめる、という視点こそが重宝されているのでしょうけど。

余談
ちなみに僕なら、ビートルズはビートルズのままにしたいけれど
ここって突き詰めると
「じゃあお前はマーク・チャップマンをどうするんだ」みたいな話にもなって、とっても困ります。
やっぱ、タイムスリップなんてしたくねぇな!(笑)

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