辻村深月『スロウハイツの神様』この上なく幻想、この上なく真実

辻村深月さんの『スロウハイツの神様』という小説を読みました。
上巻を読んでいる時は、全13章という形式からも
「1クールのTVアニメを観る気持ちで、毎日(毎週)1章づつ読もう」と思い、
実際それに似たペースで読んでいたのですが、
下巻は本当に、全く止まらなかった。読む手も涙も止まらなかった。
土曜の夜の数時間で、一気に読み終えてしまいました。
これは、絶望を知った人の希望の話、
是非もない現実を知る人による優しい楽園の物語。
この作品の全て
…過ぎたるファンタジーも、整いすぎたパズルも、ご都合主義も、たまに透け出る過剰さも…
全てを僕は擁護しますし、愛しています。
それは、この作品世界の中には紛れもなく「真実」があったから。
この真実は、墓場まで抱えていくもの・確信です。
皆さんは、既にこの真実に出会っていますか?それともこれからでしょうか?

スロウハイツの神様(上) (講談社文庫)
講談社
辻村 深月

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スロウハイツの神様(下) (講談社文庫)
講談社
辻村 深月

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まず、何より物語三昧の首魁(笑)
ペトロニウスさんに最大級の、極めつけの感謝を。
尊敬するかの人直々のお勧めでなければ、読む事はありませんでしたし
これまでの交流でもいくつかのお勧めし・お勧めされはありましたが
今回は、おそらく
「彼から見た、僕という人間」
という線がある程度の像の輪郭を結び
そこを確認する意味でも、かなりの確信に近い「アイツのコアだろう」という予測をもって
お勧めして頂いたと思います。
その意味で、これまでのお勧めも素晴らしかったけれど
それらとはまた別格の重みを感じています。

実際にこの作品は、僕の魂レベルに触れてくる作品でした。

これは彼の物語読み・人間読みが鋭い事は勿論
…まあ、僕に言わせれば「人間もまた物語」なので
これらは言葉を分ける意味もあまりありません。「読み」が鋭いのです…
僕自身が彼に読まれるべくして身を晒した、その結果のご褒美・ギフトだとも思う。
人と、己と己を晒し合うようなやりとりをした結果の
ただ「良いからお勧め」を超えたような所にある、ヒリつくお勧めを貰えた。
その事自体も大変感謝しています。
勿論、あいつのキャパなら大丈夫だろう、と
無尽蔵に、とにかく絶対的な「面白さ」だけでお勧めをもらう事も
それはそれで、たまらない愉悦なのですけどね。
しかし「人」と「人」の関係性という意味では、個と認識したやりとりに勝る娯楽はない。
こう言っては失礼ですが、このお勧め1つで
彼に出会って良かったし、彼に費やしたコスト(本当に失礼だなw)は
全て見合うものだった、と断言できます。
他にも様々な作品や視点を頂いていますが、その上で断言します。
この1作で十全。ありがとうございました。

スロウハイツの神様(講談社特設サイト)

ある快晴の日。人気作家チヨダ・コーキの小説のせいで、人が死んだ。猟奇的なファンによる、小説を模倣した大量殺人。この事件を境に筆を折ったチヨダ・コーキだったが、ある新聞記事をきっかけに見事復活を遂げる。闇の底にいた彼を救ったもの、それは『コーキの天使』と名付けられた少女からの百二十八通にも及ぶ手紙だった。事件から十年―。売れっ子脚本家・赤羽環と、その友人たちとの幸せな共同生活をスタートさせたコーキ。しかし『スロウハイツ』の日々は、謎の少女・加々美莉々亜の出現により、思わぬ方向へゆっくりと変化を始める…。


最近はあまり小説を読んでいないとはいえ、
小学校3~6年時、小さいとはいえ学校図書館を制覇する勢いで
あらゆるジャンルを読み耽った経験があったり、父の蔵書であったり。
基本的な、幼少児の読書体験は備わっているので
活字にもすんなりと入り込む事ができました。
というか、僕にとってアニメも、漫画も、小説も、映画も…
いやそれが一般的に「物語」に分類されるものにかぎらず
スポーツの試合も、人も、食も
全てが「ぼくにとっての物語」ですから、対象のジャンルが何であろうと
アプローチ自体は変わらないし、その意味では
いつも、必ず何かの物語に浸かっている=ブランクはないのかもしれません。

そんな自分ですが、読んでいてまず感じたのは
「根本的に、小説が上手い人なんだ」という事。
例えば、スムーズに読み進められる文章。
比喩表現の巧みさ。説明の平易さ。判断基準はたくさんあれど
(そしてそれらのポイントも、勿論問題はありませんでしたが)
この辻村深月という人はとりわけ「人間を観る・語るのが上手い」。
先述のペトロニウスさんが、その「読む力」の時点で
一定の「彼の良いというものは良い」という評価を与えられるように
辻村深月さんは、それをアウトプットの世界で
「彼女の書くものなら、基本的に面白い」に持っていけるのでしょう。
それは特に上巻、登場人物たちが互いに他の登場人物を評する時の
その切り口語り口で、十分に理解できます。
題材が何であれ、この「人間」が読めるならそれだけで面白い。
そういった作家だとは思います。

しかしおそらく『スロウハイツの神様』は、作品中でも特別でしょう。

これを確信をもって「です」と言い切るには、
彼女の作品を読破かそれに準ずるレベルで読み込んでいないといけない。
とはいえ、いち「物語読み」としては、それはかなり確信をもってそう思います。
それは、アルバムタイトルにアーティスト名・本名をそのまま掲げた
バンド・ミュージシャンのアルバムのように…
人生を捧げてここに辿りついたのだ、これが私だ、というような
ネイキッドな主張・コアが感じられたから。
もっとエンターテイメントとして装飾されたもの、洗練されたものはあるかもしれない。
けれど題材的に、ここにある「魂」の純度に勝るものは
そうないのではないでしょうか。
30そこそこで、これを複数持っている…その可能性もあるでしょうが、
僕の中ではあまり現実的なイメージにならない。
ここでこの人は、己を晒したのだと思います。

故に、一般的な作品評はあまり意味をなさないようにも思います。
だって、いや、当然のように面白いのですもの。
それはきっと、他の作品もそうだと思います。
Twitterで感想をつぶやいている時は、勿論そんな
作家の何かを注ぎ込んだようなものとは思わず
フツーに、物語を、物語として読み込もうとしていたのですが
その呟きのログを晒しておきます。具体的な部分は
全て、上巻の真ん中あたりの「推測」である為
あまりネタバレ的に問題はないと思いますが、とりあえずご注意を。

【スロウハイツの神様】 上巻4章まで。全12〜3章、丁度1クールアニメの心地。卵の殻を破れぬ雛は生まれずに死んでいく、という言説にNOを叫んだのは【極上生徒会】。この作品の卵はどちらなのでしょうね。学生時限モラトリアムではなく成人のそれだから、選択と言い切っても良いとは思いつつ。
posted at 14:02:31

【スロウハイツの神様】4章が作品にとっての最初のポイントかな?天から降ってきたような楽園・スロウハイツの意味を、卵の質をほど良く揺さぶっていて、計算づくの痛さが感じられました。成人の【フラワーオブライフ】か…卒業を済ませたソレは、時に押し込められる事もなくどこに行き着くのかなあ。
posted at 14:07:40

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【スロウハイツの神様】他に引っかかっているのはチヨダ・コーキ入居動機の弱さ。人間関係をリセットし慣れた人は、一念発起クラスの何かがないとこんな長屋提案は受けないように思えて。また、環は全てが嘘臭いwハイツ自体貰ったのは嘘で自費、そもそもチヨダ・コーキ一本釣り計画位の事を妄想中。
posted at 14:22:58

【スロウハイツの神様】典型が狩野の動作主体から外される事を狙う書き方ですが「実は自費、各々が血反吐吐いて維持してる幻想郷」系のイメージを抱かせるのは、文体のフィクション界隈の、ここ10年の人という印象からかな。「既設定として素通りしそうな部分の内実」が彼らの基本作劇だと思うので。
posted at 14:24:33

【スロウハイツの神様】前編から少し時間が空きましたが、後編読み始め。現在8章。環が狩野の漫画に泣いた時、だいたい話は見えたと思います。欠損を武器に世に出る卵たちの存在は、これまでの全てが「あって良かったんだよ」という言い換え。幹永舞は、それを認められないから名を明かさないのかな。
posted at 21:36:23

【スロウハイツの神様】後編10章。展開自体は過去呟いた範疇だし、あざといまでに劇的なのだけれど、それは問題じゃなく、涙止まらず。この感覚は「わかっている人がいる」という“安堵”と、執筆の趣味もないのに「これを書きたかった」という“嫉妬”。 http://j.mp/lE4Uxo
posted at 00:20:48

【スロウハイツの神様】読了。確かに西尾維新の後書にある通り、人は皆物語に影響を受ける。ぼくの主張なら、そこには人間という名の物語も含まれますが。しかし決定的に「皆」を分けるのは、その中に1つ或は1人、その存在だけで世界を愛せるものに出会ったか、出会ったとして認識しているか。傑作。
posted at 01:56:57




↑のログにもある通り、基本的には
群像劇…まあ僕は子供の頃山本周五郎などを読んでいた影響からか
「長屋モノ」などとひと括りに言ってしまうのですが…その視点で読んでいました。
そこに、学園モノ(の中でも、卒業を描くもの)の「モラトリアムからの巣立ち」を
描くかどうか?という視点で愉しんでいました。

学生生活は、3年なりの明確な「時限」があるからこそ
卵の殻として「雛がいつかは巣立たないといけないもの」としての意味合いが強いわけですが
学校を出てからは、そこまで明確な区切りもない為
例えば、選択の末に、社会的な権利も備えた上での長屋ならば
それは否定されるべきものではない、とも言えるのですよね。
かの『めぞん一刻』だって、最後に五代くんと管理人さんは
めぞん一刻に戻ってくるわけで、そこに逃避や欠落を観るのは
多少ハードだろう、なくても別に良いだろう、という領域には入ってくる。

一方で、学園ほど明確な区切りではなくとも
人生は千変万化、永遠に留まる事のできるものなどない…
という表現として、やはり成人のものであろうが
「それ」を強く主張する描きもある。
さらなる成長の為の停滞、脱皮前の身体…
そこはもう、世界の温度の捉え方でしかない。

基本その「どちら?」で愉しんでいたわけです。
結果的に、この愉しさも享受はしました。とても面白かった。
変わってしまうもの、変わらないもの。卵は破れても、殻は残る。
人間が影響を与え合う世界。フラワー・オブ・ライフ。
先に書いた通り人間の描写力も本当に高く、それだけで娯楽たりえます。
逆算が行き届いた、必然のパーツばかりで形成された文章として
パズルが綺麗にはまっていくような快楽もあった。
読み返しても、その確信ぶりには惚れ惚れします。
(おかげで、序盤で大体展開自体は読めるのですが…
読めたから良い悪いなんて話ではないですからね。
必要性で編まれた文章が美しい、という事です。)

でも、そこではない。
それはきっと、他の辻村作品でも同程度には愉しめるはずなのです。

『うみねこのなく頃に』という作品がありました。

この作品も、作者「竜騎士07」の文脈、或いはそのもの作品論など
愉しむ視点はいくつもある。
けれど僕の心を捉えたのは、この作品の第4章で描かれた
「魔法」に関する部分でした。
それは生き方の宣言・決意の物語に思えたから。
読んでいる時、心は『うみねこ』を遥かに越え
人生全体に適用するような高揚と感動を抱いていた。
(でも後半で段々…いや、今の話の運び的には関係ないですけど!)
本当の作品評に使う視点ではないのかもしれませんが、逆説的に
ぼくは『うみねこ』で、或いは『スロウハイツ』で
その「部分」を指摘しない評価にあまり価値を見いだせない。

『スロウハイツの神様』でも、心を本当に揺さぶるのは
「十章 赤羽桃花は姉を語る」
「最終章 二十代の千代田公輝は死にたかった」
で主に書かれている部分。
人間を変える…などといった言葉では生ぬるい。
世界の色合いも、日光の暖かさも、全てを変える
「何か」はある、という極めて力強い断言の部分です。
辻村深月という作家は、基本的に上手な作家なのでしょう。
しかし僕は上記の部分を読んでいて「筆の暴走」を感じた。
過ぎた情感、過度の描写…
本当に「整然としたパズル」を描くのならばいくつか引き算ができる、
そしてこの確信に満ちた作家ならそれは当然可能だろうとも思いました。
けれど、そこにある「熱」はそのままに残っていた。
おかげで、ベタさ、あざとさ…そういったものの滲みやすさは増している。
けれど、だからこそここに魂があると感じました。

辻村深月は、綾辻行人作品に出会ったのでしょうか?
小説家が小説家の愛し愛される関係を描くのだから、そこには
自己愛というか、自己憐憫というか…総じて自己演出の色も見えないではないけれど。
しかし、そんな事は全く問題ではないのです。
道具立てに、外から、冷めた目でそんな事を言ったとしても意味はない。
この作品の、個々の道具立てはわざとらしく、胡散臭い。
けれどその中にある

「世界を許せる・愛せるようになる出会い」はある。

その宣言の力強さにおいて、この作品に嘘は何一つなかったのです。
だから、その表層なんて大した意味をもたない。
この部分の、冷静な筆致とは程遠い部分にこそ
心が震える体験をさせていただきました。
僕にとっては「物語」とは世界の全てですから
自分の場合は、何度か書いているように
声優・高垣彩陽さんがそれに相当します。
気付けばテレビの冠番組を持ったり、フライデーの表紙を飾ったり
すっかり「アイドル」なのですが、『スロウハイツの神様』における
トレンディなティーンズ作家、チヨダ・コーキがそうであるように
そんな外側の評価は意味をなさない。
僕にとっては、彼女の表現を追える事に勝る喜びはなく
彼女を産み落とせるような世界なら
憎むより、愛せるものになります。
だから、小説家が小説家を描く、なんていうものは
単に辻村深月さんにとって、それが書きやすいリアルであったというだけで
ここにはもっと根本にある、普遍が存在すると思います。

その、圧倒的な「愛」が。
作中の言葉を使うなら「童貞のロマンティシズム」という揶揄を
自らに対して行えてしまう
自覚ありきで、なおそこに筆を走らせるような部分が。
自分の中にある同じものを揺さぶり、共振し、

そうだ、そうなんだと。それは「ある」んだ、と。
あの気持ちは本物なんだ、と。

心を揺さぶるのですよね。
本作の感想文は、GoogleやAmazonを調べればたくさん見つかるのでしょうが
この実感が「ある」人と「ない」人では、
はっきりと見て分けられるほどに、感想は異なると思います。
既にこの出会いを人生で果たしている人は…
いや、果たしているだけでダメかもしれない。
最中にいる時深くその事を実感し、
喪失した時深くその事を再認識し…
そこまで何かを誰かを刻み込んだ人は、この作品のパズル・フレームなんて
とても語る気にはならない。語っても、そこに留まってはいられない。
僕はそう思っています。

世界はそれが「ある」のです。
実体験者として、そこは断言できる。
その人にとって、どんな形をしているかはわからない。
どこにあるのかもわからない。
けれど、世界にある。
それはつまり、そんなものに出会い得る「世界は美しい」という事でしょう?

今はまだ、この作品に深くコミットできなかった人も、
そんな人には出来過ぎたファンタジーとして
完成度だけを撫でる程度で終わってしまうかもしれませんが、
これはファンタジーではない、リアルなのだと
頭で考えて、でいいので覚えていて欲しいと願います。
そして、その何かに出会った後、この本を再び読んだ時
きっと、この文章も含めた一部の熱狂的な評価の正体がわかると思います。
それは、既に出会った僕等にとっても
熱を再確認する為の、尊い作業になる。

エンターテイメントとしてもっと面白い辻村作品があったとしても、
今後生まれるとしても。
きっと、僕が墓場まで持って行きたいと思うのは
この作品、とりわけ下巻だけなのでしょう。
自分の中に、本当の宝物を抱えている人ほど。
是非とも、是非とも読んでみて欲しい作品でした。


余談
しかし『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』もそうですが
もう、世界の厳しさは存じております、という人が
一周してファンタジーを、御伽話を「選択」しているなら
その事を指摘しても、なんの意味も為しませんね。
丁度心のモードがそうなっているからか、凄い作品たちに出会いました。感謝。


http://twitter.com/rui178 呟いております。
http://twilog.org/rui178 適当な単語で検索してみてください。

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