やはり素晴らしかった『カタハネ』~ゆりかごの前から、墓場の後まで~

カタハネ』を遊び終えました。
以前記事にした通り、始めてすぐに「素晴らしい匂い」を感じていた本作。
今、物語を終えてみると、開始時の期待に全く違わぬ…
いや、それ以上のものを得た感触が、確かにある。
美しい、素晴らしい物語です。
ココ可愛いし←台無しだ!

まずはあらすじ。
『カタハネ(現代編』を遊ぶ前に
フリーで『クロはネ(過去編)』を体験できてしまうそうなので
そのあたりまではネタバレOKと判断、
本当に美味しい部分以外を纏めてあらすじを書いてみます。


物語は、とある大陸で紡がれる。
かつて赤・青・白の三国が鼎立していた事が
既に遠い昔話となった、平和な一つの国家。
僕らの知るこの世界との最大の差異は、
人語を介し、己で思考し行動できる「人形」がいる事。

一般的な「人間と見紛うばかりの」人形とは異なり
一見してそれとわかる、珍しい人形・ココを家族に持つのは
歴史学者を志す少年、セロ。
セロの馴染で、己の道を行く脚本家の卵、少女ワカバの勝負作は
史実に基づいたとされる史劇『天使の囁き』の大胆なアレンジ。
数カ月後に開かれる演劇祭で、その演目を完成させる為
スポンサー探し、役者探し、各地文献の参照など
様々な目的を持って、一行は各地を巡る旅に出る。

ワカバによるアレンジ脚本の、最大のポイントは
白の国を裏切り、主を殺して崩壊を招いたとされる宰相
“逆賊”アイン・ロンベルクを肯定的に捉えるというもの。
最初は新奇さを、或いはワカバの感じた「物語としての面白さ」を根拠に
単なるファンタジー、異伝として描かれようとしていた物語は
旅が進む中、細かな謎を含みながら別の表情を見せていく。
行ったこともない筈の場所に何かを感じ、
はじめて出会った少女と人形に対し、実名とはまるで関係のない、
不思議な愛称を迷わず使うココ。
謎の中心となったココの夢の中で描かれるのは、
白・青・赤の三国の、陰謀渦巻く世界。
脚本の舞台となったその時代の「真実」たち。
伝わる史実と異なる、生々しく息づく人物たちの「終わった悲劇」。

少年と少女、少女と少女。
旅の中で詳らかにされゆく、それぞれの人物たちの感情。
同時に紐解かれる歴史の闇は
どこまで今を照らし、それはどんな結末を物語に与えるのか。
今を生きる少年少女は、とにもかくにも電車に乗り
前を向き、まだ見ぬ地を旅していく…。

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…。
……。
あらすじ面倒くせええええええええ!!!!!!←

基本的には「あらすじなんてAmazonでも覗きなさい!」
というタイプではあるので(笑)。
遊び終えたばかりというせいもあり、勢いで書いてしまいました。

この作品の底流にあるものは
「人間賛歌」であり、その人間達の足跡でもある「歴史賛歌」。
それは、性別を、立場を、それどころか命すらも超える
人間の想いの力への、正しい心への、力強い支持表明。
時を超え、人間が紡ぐ「歴史」というものへの
ある種楽観的にすら思える程の、優しさに満ちた肯定宣言。

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“逆賊”アイン・ロンベルクの歴史解釈を中心に据えて
史実を揺り動かしていく物語が、何より訴えかけるのは
「真実はきっと表に出る(残る)!」という眩いばかりの理想です。
僕らはココの夢を通じ、或いはココ本人も知り得ない部分すら
その世界には存在しえない、神の如き視点でもって
一部始終を目にする事になります。
その「真実」が今の「史実」にどう挑むか!?
描かれる、一つのドラマティックな物語。

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しかし、最も重大な
想いの力、歴史に埋れた真実の象徴たるアイン・ロンベルクに関しては
真実こそ!というスタンスを徹頭徹尾崩さない本作ですが、
その一方で、如何ともし難い「時間が流れていく無常」も描けている事によって
単純な、或いは万能すぎる
真実への信頼に留まらない作品になっています。

過去と現在を繋ぐ存在、ココの記憶は曖昧。
また、元々高い知能を有しているわけでもない為、
彼女から得られる情報は限りがあるし、説明不足も大量にある。
上に書いた通り、ココの知り得ない部分に関しては
当然ココは何も知らないのですから、その時点で
多くの「真実」は喪われてゆきます。あの人物とあの人物との関係…
あの人物の死の真相…取り戻せないものは沢山ある。
全てを知り得た僕らがいかに歯噛みしたところで、記憶は零れていく。
ココにとって大切な人物である、生みの親…おばあちゃんの外見が
終ぞ描かれなかった事には、意味があると思っています。

でも。
残らないものが沢山存在するからこそ、
そんな中にあっても生き残る、いや生き残って欲しい
大切な「急所」が見えてくる。
それが、この作品においてはアイン・ロンベルクの物語という事。
沢山の喪われた真実があるからこそ、
彼の物語は、彼の物語くらいは
白日の下に晒されて然るべきだ、と心から思えます。
そして同時に、2度と取り戻せない歴史の真実たちは、僕ら
ありえない角度で「真実」を眺める事のできた者たちが、
そっと胸に抱いていく。

その、時の中で消えていく真実への哀悼と
時の中でなお生き残る、真情への想い。
『カタハネ』を特別な作品にしたポイントだと思っています。
この作品が、「百合ゲー」という単位で語られる事が多いという事実には
あまり納得がいきません。
女性同士の同性愛を好む好まない…なんて事ではなく
様々な人と人の関係の中に、女性同士というバリエーションがあっただけ
…という描き方なのに、そこを作品の象徴かのように強調する事に
もったいなさを覚えます。
もっと、普遍の枠組みで評価されていい作品だ。
アイン・ロンベルクではありませんが
いつか、その評価が「百合」よりも前面に出る事を祈っております。


それにしても、ゲーム開始直後と完全クリア後
全く同じ事を言っていて、大変恐縮ではありますが

ココが可愛いんだ…。
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この発言を繰り返す事には、いくらかの危険も孕んでいて
とにかくココが可愛いんだよ!という話に終始してしまいそうなのですが、

※そして個人的に「別にそれでいいや」と思っているのも大変問題なのですが(笑)

この可愛さは、作劇として極めて正しい、論理的な可愛さと言えると思います。
開始直後の記事で、こう書きました。
ココの清涼感といったら、もう造形レベルから
「この存在は、この物語が守るべき存在です!」
という宣言がされていて、完璧なんですよ。

これはなかなかに良い表現だな、と自分で思っていて
作中でも、近い言及がなされています。

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デュア・カールスタッド(―そう、『神に愛されている存在』といえば適切か)

この場合、神とは何か。
それは世界に起こる出来事を司る、上位存在でもあるかもしれないし
文字通り「物語の神」をさすかもしれないし、
或いは個別の視点を飛び越え、多角的に眺める事のできる
上位の眼差しを持つもの…僕らプレイヤーの事かもしれません。

とにかくココの愛らしさは、ただキャラクター単体の愛らしさに収まらず
作品の善性、或いはハッピーエンド宣言の代弁者となって
本人の全く主張しない所で、とても大きな存在として屹立しているのでした。
簡潔に言ってしまえば
「ココが幸せにならない物語なんて、物語じゃない!!」という
…うーん、我ながらミーハーですかね。
しかし、優れた物語は情と理のハイブリッド。
頭で考える部分だけでなく、シンプルなキャラクターという側面からも
作り手の眼差しが伺え、物語の「読み方」が定まるという
作品の格を一段二段押し上げる存在として、ココがいます。

今取り上げた通称「ココかわいいよココ」視点。←まんまだな
この視点でもって作品を眺めた時、歴史における真実だのといった
お固い言い回しだけではない、一つ単純で力強い思いが生まれる事になる。

ココが愛したアインもまた、愛されなくてはいけない!
だって、でないとココが可哀想だから!


…いや、真顔で言っていますよ?(笑)
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ココに優しさを注いだ男が、時代に断罪され続けるのは居たたまれない。
こういうと本当に単なるキャラクター感情で、歴史だの真実だのとは
まるで違う、卑近な感情のみがクローズアップされるのですが…
でも、それもまた『カタハネ』の良さでしょう。

真実というものへの信頼感の大きな象徴として、是正されるべきアインの物語。
そして同時に、ココと心を通わせた一人の男として、許されるべきアインの物語。

どちらも、一つの想いへと繋がって
物語のカタルシスを、より大きなものにしてくれている。
そういう意味で、この作品は
絶対に、何より可愛く描かなくてはいけない存在=ココの描写に成功し
絶対に、いい男に見せなくてはいけない存在=アインを
ココという物語の肯定存在を使う事で、完璧に処理できている。
細かな整合性や、描写などの評価は勿論ですが
「ココを可愛く、アインをかっこよく」描けた事。
敢えて陳腐な表現をしますが、それを成し得ただけで
一つの勝利を得た作品、という事が言えると思っています。
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そして、なによりそれを貫くのが
夢見る少年少女たちによる、演劇=物語という事が素敵です。
歴史を塗り直す物語でありながら、
当然の事とはいえ、過去は変わるものではない。
その時その時の人間たちの、本物の感情が
過去の人の想いを照らし出す事があったとしても、
最終的に、物語は「今」に繋がっていく。
それは、一つの真理。
アインたちの時代も、セロたちの時代もまた
今この瞬間=此処(ココ)の繰り返しでしかない。
アインたちの「ココ」の繰り返しが、今セロたちの「ココ」になっている。
そして、「ココ」は続いていく。大切な想いを、大切な人に告げる事…
そんな単純な事を学び、引き継ぎながら。

だから、物語はココに始まり、ココに終わり、
人生とは、ココを繰り返す事に他ならない。
つくづく、「ココの物語だな」と。ああ、美しい。感心します。

正直言って、伏線も、伏線と言えないような部分までも
あまりに微細な部分まで、整って表現されてしまうので
(レインさんの設定はどーなのだろう)
ちょっと「綺麗過ぎるな」と思ったり、
終盤が少し駆け足で、もっと演出効果を高められるな、と思ったり…
細かくケチをつけられない事は、ないのですが。
まあ、ご覧になってわかる通り、僕はこの物語を
最大級に愛しています。
歴史を紡ぐのは、結局今とさして変わらない
個々の「人」の想いと行動。
過去を書き換えるような、大仰な物語ではありません。
ただ事実をそっと噛みしめ、涙を流した後に
それを振り払って歩き出すような素晴らしい物語、『カタハネ』。
Hシーンを省いた全年齢版の発売を、強く望みます。
多くの人に、もっと自然に手にとってもらえればいいのに。

あと、動くココが観たいからアニメ化すればいいのに(ボソ

エロシーンがあってもいい、百合も許す、
ああ、そんな物語エリート達は…
あ、あ、遊べぇ~っ!!←無理やり

余談


『カタハネ』は複数のルートによってなり
特に「ココルート」によって大団円が描かれます。
上で書いた内容もそこに準じていますし、
ココの物語が嫌いなわけもないのですが…

僕は、ワカバやアンジェリカシナリオでの
大団円とまではいかない空気も、なんとはなしに愛しています。
ココルートと比べれば、真実はそこまで明るみに出る事はなく
アインの失地回復もなされたとは言えないかもしれない。
けれど逆に、根拠も、裏付けもないままに
「物語としての感覚」によってアインが悪者ではない物語を描くのは
根拠がないからこその美しさもあるかもしれないな、と思うのです。

ワカバもセロも、歴史の真実は知らない。
けれど、例えばそのアレンジ劇が好評を博し
人々に愛される事になれば、本当に小さな単位でも
アインを憎む現代人たちの気持ちが、少しづつ薄らいでいくと思うのです。
「あ、あの芝居でかっこよかった人だ。死者に鞭打つような事はやめよう」
といいますかね。
ここには、劇的に歴史を書き換えるような力はない。
けれど本来、ココのような真実を引き継ぐ存在のいない僕らの世界では
これくらいに留まる方がリアルかな、と思えたりもするのです。
ココルートがあまりに整然と、美しく全ての線が繋がってしまうだけに
「綺麗過ぎる」と感じ、そんな感覚を望む自分もいるのかもしれませんね。
いわゆる「ノーマルエンド」と「ハッピーエンド」くらいの違いではありますが
僕は、どちらから見える景色も大好きです。

カタハネ
タルト
2007-01-26

ユーザレビュー:
斬新ボリュームもあり ...
まるで童話のような世 ...
全年齢化若しくはアニ ...
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…こんなに長文を書いておきながら
パッケージにいる2人の少女をガン無視しているのは、
別に悪意によるものではありません(笑)。
いや結局、ココの、そしてアインの物語なんですよ。あと、デュアな。

体験版といいつつ、前編配布された
過去編=クロハネ編を通して遊ぶ事ができるそうです。
いくつかあるミラーサイトの一つ
個人的には、僕の熱意に負けて
素直にカタハネを遊んで欲しいですけどね(笑)。
声優さんの演技も素晴らしいので、声ナシでは勿体無いでしょう。

この記事へのコメント

三世
2010年06月08日 17:39
むぅ
もはや何も言うことはあるまい
ほぼ全てがここで書かれている
                  チッ

でもね
主人公はアインじゃないよ?
月並みな言葉だけど

 全 員 だ よ ? こ の 物 語

皆が皆、自分の出来ることをしようとしてる
したいと思うことに目をそむけない
そういう物語だよ?
それが素敵なんだよ


あと、ハンスは俺の嫁(ぇ)
三世
2010年06月08日 17:40
追記

曲のことも少しは語れ
シナリオ、キャラ、グラフィックも神レベルだが

  音  楽  も  神  だ

  音  楽  も  神  だ

大事なことなので2回言いました
ルイ
2010年06月10日 03:16
三世さん、熱いコメントありがとうございます!仰る通りで、今回ワザと世間で言われる「百合」的な価値観に支配されぬよう、姫とエファ、そしてアンジェリナとベルの物語への言及を避けた側面があります。いや、全部箇条書きしていくと、サッと文章を纏められる自信がなく…(笑)。本当はそこにも語りたい側面があって、EDの『Memories are here』中に挿まれる姫とエファの出会いのエピソードが「他愛もなさすぎる事」には感動しました。アインの評価が正されようとも後世では決して浮かび上がらない、デュアへの想いのように。それこそ時代の中で消え去る、しかり当事者の間では輝き続ける「記憶」の、「歴史」との扱いの違いに感動したものです。

本当はどのキャラも素晴らしくて、僕はワカバあたりも全然嫌いではないですね。上記のアインとデュアの関係性に薄々気付きつつも敢えて筆を加えなかったのは、物語の創造主としては信じられないほどの慎ましやかさだと感心しました。

音楽は全般的にハイクオリティですね。たまにこの手のゲームは、音色がチープであるばかりか音声収録すら「どこのスタジオで収録したんだよ!」というくらいモコモコで酷い事もありますが、この作品はその辺、CG、音、声、あらゆる面で作品の風格を貶める事はなかった、いや底上げしていたと思います。

しかし、良いコメント本当にありがとうございました。こういう素晴らしい作品をご存知でしたら、いつでも教えてください(笑)。
ラピク
2010年07月12日 23:15
検索で引っかかったので読んでみたら・・・なんて良い文なんでしょう。
この文章から貴方のカタハネへの愛が伝わってくるようで、すごく読んでいて気持ちが良かったです。

私は百合に釣られてこのゲームに手を出したクチなのですが、プレイして本当にこのゲームが大好きになりました。
貴方の言うように「百合ゲー」「エロゲー」という概念に囚われず、ただ一つの「カタハネ」としての評価を受けて欲しいゲームですよね。
私も、このゲームがもっと多くの人に愛されることを願っています。


カタハネ良いよカタハネ!
ルイ
2010年07月15日 07:46
ラビクさん、コメントありがとうございます。恐縮です。
いやあ~…本当に、いい物語なんですよね。

どうしても百合を仮想的に据えたような形になったのは、僕の手抜きのような部分で申し訳ないのですが、とにかくおっしゃるように「ただカタハネとして」讃えられていい作品だ、という事を丁寧に表現できなかっただけです。技巧が足りないので、文章の熱(量・表現込で)そのものを想いの代弁のように使っています。

こういった素晴らしい作品に、次はいつ出会えるのだろうか…ご存知なら教えてください(笑)。こうやって、PCからアンインストールできない作品が増えていく…。

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