クリント・イーストウッド週間 その4『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)

クリント・イーストウッド週間だよー。
『ミスティックリバー』が大変素晴らしい映画だったので
若干テンションを持ち直しています。
僕の予定的には、このあたりで精神のどん底に至るはずだったのですが
人生ままならないものです。
そんなままならない映画(強引)
『ミリオンダラー・ベイビー』は2004年作品。

ミリオンダラー・ベイビー [DVD]
ポニーキャニオン
2005-10-28

ユーザレビュー:
心が折れたヒラリー・ ...
凝縮された人生、そし ...
人生ってこんなもの? ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る


トレーラー暮らしで育ったマギーのたったひとつの取り柄はボクシングの才能。彼女は名トレーナーのフランキーに弟子入りを志願し、断られても何度もジムに足を運ぶ。根負けしたフランキーは引き受け、彼の指導でマギーはめきめき上達。試合で連破を重ね、ついに世界チャンピオンの座を狙えるほど成長。しかし、思いもよらぬ悲劇が彼女を襲った。
2005年のアカデミー賞ほか数々の映画賞を受賞したクリント・イーストウッド監督主演作は、単なる女性ボクサーの物語ではない。これはボクシングを通じて知り合ったマギーとフランキーの絆の物語。マギーは亡くなった父の姿を、フランキーは疎遠になっている娘の姿をお互いに重ね合わせ、そこに「家族」を見いだしていく。しかし、その絆が強固なものになればなるほど、後半マギーを襲う悪夢にフランキーは傷つく。マギーを永遠に逃れられない苦しみから救い出したいけれど、それは神に背くこと。
イーストウッド監督はボクサーとトレーナーの関係を崇高な愛の物語にまで高めていく。ひとりの女性ボクサーの人生が、死生観まで考えさせる映画になったのは、イーストウッドの監督としての志の高さだろう。アカデミー賞では作品、監督に加え、ヒラリー・スワンクが主演女優賞、モーガン・フリーマンが助演男優賞を受賞。役者たちのパフォーマンスにも圧倒される傑作だ。(斎藤 香)
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
クリント・イーストウッド監督・主演、2005年アカデミー賞で作品賞やヒラリー・スワンクの主演女優賞ほか全4部門を受賞したヒューマンドラマ。古びれたボクシングジムを経営する老トレーナーと彼を慕う女ボクサーの痛切な人生を描く。特典ディスクを封入。

(内容紹介より)


とてもシンプルな映画です。
シンプルゆえに、これまでの映画が単品で持っていたような
世界観全体を覗くような「視点の高さ」は余り感じない、主観的なフィルム。
多種多様な視点のうち、その中の一面を描いたような作品で、
「こういう作品を作ると、多作にならざるをえないよな」
と思ったりもしました。

『ミリオンダラー・ベイビー』に描かれている価値観は
別にイーストウッドが称揚する価値観というわけではないでしょう。
尊厳死・安楽死の問題も勿論そうだし
(これまで追いかけてきたテーマというわけでもない)
人生に対するアイロニーに満ちたまなざしも、そう(誰も報われてないし)。
「こういう人生もある」一方で「それ以外もある」
という、複合的な光と闇、織り成す世界そのものを
畏敬を持って描くのが、彼のスタンス、と仮定した場合。
『許されざる者』ですら存在した、別の価値観の「可能性」すら
本作単品だと相当分カットされているので
「この作品が、イコール私の全てってわけじゃないんですよ?」
と、次々作品を作らざるを得なくなるよな、と言いますか。
ここまで一つの視点に寄った作品を描くなら、
その分たくさん「それぞれの視点に寄った作品」を毎回描いて
全体を俯瞰で眺める事で「彼の世界の豊穣さ」を
感じ取るしかないのではないか、そう思います。
それくらい『ミリオンダラー・ベイビー』は
単品で見ると、救いのない話でありました。

これまでと基本的な視点に違いはないのですが
その視点が、物凄く単一の
「マギーとフランキー」の欠損家族を求め合う恋愛寓話に寄りきっている為
それ以外の登場人物に、よくも悪くもさして厚みがない。
(クソとか神を蔑ろにする発言をする、神父さんはちょっと好きだ)
物凄く端的なのが、フランキーの娘が全く登場しない事であり
マギーの家族が、救いようがないくらい
ダメな所しか描かれていない事でもあり。

『アウトロー』の赤足メンバーにおばあさんがいて、
彼自身街では人気だったように。
『許されざる者』の牧童が、馬を余計に差し出したように。
イーストウッド作品は、基本的に
様々な価値観の並立を前提とした、人間の表裏を描くタイプ
…と思っていたのですけれど、本作はそうでもない。
マギーを再起不能に追い込む女性チャンピオン「青い熊」は
同情の余地がないくらい悪い奴として描かれているし
それを許さぬよう、人間らしいセリフすら与えていない。
(さすがに、マギーがぶったおれた後気にしているショットはあって
 そこはいくらなんでも、イーストウッド的にも
 スルーできなかったという事でしょう)

マギーの家族の度し難さに至っては、殆ど悪趣味なコメディのよう。
いくらなんでも、全身不随の娘から
権利をもらいうけようと、病院にやってくる時に
全員そろってディズニー帰り、しかも一見してそれとわかるTシャツ装備、って…
本当、ギャグのような悪辣さです。
「ハァン!?」などと言い出しそうな弟までプラスされると
ほんとう~に、ダメな人達だなあ…という印象にしかならない。

元々、ここまで見てきた諸作は
血の繋がりをそこまで肯定的に描いているわけではなかったのですが
今回は明確な家族幻想否定になっていて。
いや、正確には「家族という形態」には肯定的であるものの
それが血に拠るものとは捉えていない、という
その「捉えていない」が、本作の描き方だと強くなって
「ロクなもんじゃない」クラスの言いきりになっているのが面白い。
性別も、歳も離れたマギーとフランキーが
「家族」になりえる、という物語を描く上で、相対的に「敵」になっている。
『アウトロー』では、失った実家族の代替…というと言葉が悪いけれど
こういう擬似家族もまた、ありえるんだよ?という程度の
「他者との絆礼賛」だったのが、今回実家族に肯定的な要素が皆無なのは
マギーとフランキーの絆を劇的に、主観的に描ききったが故の
仕方の無い結果という気もします。

結末は確かに酷く、救いがない話なのですが
一方で、僕らはいつも「ドラマが生まれること、それ自体がドラマ」
という視点を忘れがち。
マギーにとって、フランキーという
丁度「自分にとって欠けている、家族という名のピース」を埋めてくれる
しかも同じベクトルで夢を見ている人と出会えたのは
物凄い幸運だった、という事は言えると思う。
それ自体は、結末がどうなるかに左右される事ではなくて
誰かに出会える人生、というものの奥深さ、素晴らしさを感じます。

同時に、間違いなく「オールハッピー!」な最後でもないわけで。
「大きいことはいいことだ」「生めよ増やせよ」
「マニフェストディスティニー」「為せば成る」…
別になんでもいいんですけど、一方的な価値観の押し付けは
標語となり、断定的になっていく一方で
その事に対しての強烈なカウンターパンチであるのは事実。
為しても成らないものはあるよ?といいますかね。
「夢は叶う」→「叶わないものもあるよ?」。

映画は僕らの生活の中に、追加で入ってくる娯楽ですから
娯楽の世界くらい、気持ちよく見せてくれよ…という意見もあると思う。
それが間違っているとは、僕にも思えない。
けれど、一方で「今だから、これが娯楽の中に存在しえる」とも思うのです。
口当たりの良い物語が増えれば増えるほど、或いは
現実でも、上記の標語のような「夢物語」が人の基本になるほどに。
「そうではない」価値観を叫ぶことは、それだけで意味を持つ。
単純な話、夢が叶って嬉しいのは
夢が叶わない事を知っている・夢が叶わなかった事があるから。
食べ物が美味しくて嬉しいのは、
美味しくないものがあると知っているからでしょう。
物事には、なんにでも表と裏があり、それは不可分。
どちらかだけを観ない、というスタンスで作られてきた諸作の流れで
今回は「その一方を(現実において、多数派ではないほうの一方を)描いた」
という事なのでしょう。

勿論、前述の通り、マギーとフランキーの出会い、そこで生まれた情愛は
それ自体が物凄く尊いものであるし
ジムにいる口だけヘタレボクサー、デンジャーの
負けても立ち上がる、ライトな物語は
これまでの作品にも存在したような「一面的ではない」象徴存在とも言える。
ただそれが、本作があまりに主観的かつ直接的で
同時に、あまりに2人に寄った物語である為に、作品において
あまり大きなウェイトを占められていないだけ。
存在自体はしているのです。
(間違いなく、僕が観てきた中で一番その存在が小さく
 天秤のバランスは歪だけど)
基本的には、やっぱり「デンジャーもいる世界」を描きたい人なのだろう、と
厳しいストーリーの中でも、少し安心したりもするのでした。
希望も絶望もあってこそ、世界はこんなにも美しいという事なのでしょう。
作品によってそれを手をかえ品をかえ
或いは、配合比のバランスを変えながら、基本視点はずっと同じで
こういうのが「作家」を「作家」たらしめるんだなあ…と感心しきりなのでした。

さて、そういうわけだから
そろそろイーストウッド監督は
道端でパン咥えた美少女と恋に落ちる映画を描いてくれたまいよorz
ほら!今度はこれのカウンター!ほらカモン!
↑やっぱり心が疲れてきているらしい

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック