「自分らしく」復古作品としての『ピアノの森』

現在はモーニング誌上で連載中
一色まこと『ピアノの森』の話です。

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大雑把に言うと、ピアノとの運命的な縁を持って生まれてきた少年
「一之瀬 海(カイ)」が、その
音楽家としては恵まれているとは言えない境遇・環境も
全てプラスにして、周りの人との出会いといった運も味方につけながら
ピアニストへの道をまっしぐらに登っていくストーリーです。

音楽好きとして…というのはあまり関係ないと思いますが
僕もこの作品は大好きで、どれくらい好きかというと
雑誌廃刊前のヤングマガジンアッパーズ時代に購入していたから
モーニング以降装丁が変わった単行本が
綺麗に本棚に並ばネェ…orzと、それくらい大好きです。
↑何が「それくらい」なのかよくわからない(笑)。

この作品は、形式的には「天才のマンガ」。
『ガラスの仮面』であるといったような
古典的な「天才主人公・秀才ライバル」の形式を踏襲していました。
※逆転して秀才主人公・天才ライバルのケースもありますね。
 まぁ、気付けば秀才だったはずの主人公が
 天才格になって、立場逆転したりしますが…。

主人公・カイは森のピアノに愛された
「選ばれた天才」。
彼の親友でありライバルである
雨宮修平は、名ピアニストを父に持つ
「サラブレッド」で、高く評価はされつつも
カイの底知れぬ才能を意識せざるを得ない。
この時点で極めて形式的。
彼らの関係性は師匠の代にまで遡り
カイの先生は、事故により演奏家生命を絶たれた
「悲運の天才」、阿字野壮介であり
雨宮の父は、「癒しのピアノ」と国内外で高い評価を受けながら
阿字野のピアノに限りない畏怖を覚えていた、洋一郎。
二代ともに「天才」と「それを見上げる秀才」の物語です。

ただ、題材が「音楽マンガ」である事によって
この作品は、単なる「VS」から解き放たれた
豊穣な世界へ足を踏み出そうとしているのですよね。
その視点でもって、今週の『ピアノの森』は感動的でした。
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これがスポーツマンガなら、勝敗は究極的な部分で
ほぼ必ずつく事になります。
勝敗だけじゃないんだ、というテーマを付与する事は可能ですが
じゃあ『はじめの一歩』で初期に負けた選手達が
また登場したか、といいますか…
勝負論を追及する世界での「勝負以外」は、描くにも限界がある。
では、スポーツ漫画でなければ勝敗から解き放たれるのか?
というと、そんな事もなく。
音楽でも売上げだ、観客数だといった「数字」は厳然として残りますし
『ガラスの仮面』も、紅天女という唯一無二の「勝利」を目指して戦っている。
(まあ、突き詰めると『ガラスの仮面』も
 『ピアノの森』に倣うような気もしますけどね)
そしてこの作品、『ピアノの森』もまた
今まさにショパン・コンクールという「勝負」を行っているわけです。
表現に対する評価のあるところ、
結局勝敗という楔から完全に解き放たれるのは難しい。

けれど、音は音、ですよね。
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わかってる?
キミがピアノに命を与えるんだよ


それは、普段音楽に接している読者が実感している通りで
1つの音色は、他の音色を内包しない。
たとえ同じ曲を演奏しようが
別のニュアンスの表現が聴きたければ
別の人の演奏を聴くしかないわけで…
便宜上コンクールがそこに「勝敗」をつけたとしても
1つのニュアンスを突き詰めたもの同士に、究極勝敗など関係ない。
そのテーマを表現する上で「音楽」、このピアノの世界は
最高レベルの相性の良さを持っている。
「絵画」「音楽」は二強ですかね。
それはかつて他ならぬ雨宮の父、修一郎が
彼のコンサートで表現してみせたものでもあります。
彼のピアノは才気溢れるものでは決してないのに
観客は今なお彼を大きく支持する。
それは何故かといったら、例えば才能・技術
そういったベクトルではない
「雨宮修一郎のピアノ」という側面を
彼が突き詰めていったから。

それでも彼は、阿字野への執着が捨てきれないようですが
それは、彼が彼自身のピアノを確立する前に
阿字野がピアニスト生命を失ってしまった為に
阿字野のピアノを対象化できるその前に、
巨大な幻想と化してしまったのでしょうね。
父・修一郎の不幸はそこにありますが、
息子・洋平は今、カイのピアノが傍らにありながら
その入り口に立った。
その事によって、良い意味で
「父越え」…父の悲願を果たした、父に並び立った…
ニュアンスは様々ながら、ひとつ「到達した」と言えると思います。

このテーマは、言葉にすれば極めて単純。
「自分らしく(自分は自分)」のテーマです。
おそらくは誰もが通過したような、当然のようなテーマですし
特に物語世界では「テーマのトレンド」のようなものがあり
この「自分らしく」は、正直90年代にはとうに通過したよね?
と言われてしまいそうな、ある種古色ばんだテーマでもあります。

機動戦艦ナデシコED・私らしく

うわ、懐かしい!(笑)

けれど、テーマにトレンドはあっても
テーマそれ自体が風化するという事は、基本ない。
1つの価値観に固定できるほど、世界は単純ではないから
いつだって、何度だって、誰かにとって当たり前のテーマであっても
語り続ける価値はあると思います。
それは先ほどのアダムスキの発言に、雨宮自身が

「アダムスキは特別なことも
 目新しいことも言ってないのに…」


と言ってみせたとおり。
そう、アダムスキの「自分」テーマは何一つ新しくない。
そして雨宮自身、そのテーマには既に触れてきていた。
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これまで何人もの人が同じことを…
手を替え品を替え…
僕に伝えようとしていたのに…

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僕は何も聞いていなかった
僕の耳は彼らの言葉を素通りさせていただけだったんだ


今回、雨宮の蒙を開いたアダムスキ。
彼の何が特別だったのでしょうか?
同じ世代だったこと…?
いや、そうではないでしょう。
結局のところ、雨宮自身が言葉にした通り「僕の耳」の問題。
言ってみれば、雨宮に「聞ける準備」が整った時
アダムスキの、これまでの人同様のテーマが
ようやくもって、意味のあるものとして(理屈として理解する、とは別物)
言葉を認識して、その言葉を発した人が
偶々、アダムスキだった。
…そういう順番だと思います。

つまり、テーマの古い新しい、珍しいありふれた無関係に
そのテーマを、今この瞬間にこそ
意味のあるものとして受け止める人は必ずいて。
だからこそ、「目新しさがな」かろうが
「特別でな」かろうが、その表現はいつも繰り返される価値がある。

その意味でもって、『ピアノの森』は
現在のトレンドからは外れた感もある「自分らしく」というテーマを
堂々と、恥ずかしがる事なく大上段から打ち込む事ができる
そして、そんな今だからこそ打ち込む価値のある…
逆に稀有な作品かもしれませんね。
この作品が、自分にとってのアダムスキになる読者は
必ずいる事でしょう。
ピアノの森、素晴らしい作品ですね。
ピアノの森 16 (モーニングKC)
講談社
一色 まこと

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