週刊少年ジャンプ『To LOVEる -とらぶる-』展開の防波堤、壊れる

週刊少年漫画雑誌チェッカーのルイです、こんにちは。
今週はやっぱり「週刊少年ジャンプ」の
『とらぶる』が、かなり興味深い展開で。
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ヒロイン春菜に想いを寄せる主人公リトが、
『うる星やつら』のラムよろしく宇宙から押しかけてきたララに
振り回されながらも惹かれていく、というフォーマットで
特段関係を動かさず、なあなあに
少年誌エロの限界を追求してきた(笑)本作。
ジャンプでは描かない乳首を単行本では描きます!みたいなやり口は
アニメのDVD商法と同じやり方です。

ところが今回は、
リトが春菜のことが好きだ!と自覚する回になっています。
ただ好きだ、ならこれまでも散々モノローグで出てきた事ながら
今回「ララより」と思いっきり順位付けしたことが大きい。
まぁつまり作品が「終わり」に向かって唐突に
堰を切ったように流れだしたワケなのですが
これは「打ち切り」なのか「終わらせたい」のか?
という所が少し気になってきます。

アンケート人気による競争の激しいジャンプにあって、
確かに『とらぶる』は巻末の常連でしたから
単純に打ち切り、と思えなくもない。
一方で、巻末周辺=アンケート度外視の大名ポジション!
という印象も、あることはあって。
(JOJOやジャガー等からの印象?)
単行本をはじめとした
関連グッズの売上げが好調な事を考えても
敢えてとらぶるを切るか?という気もするんですよね。
いい加減作品を締めたくなった、と言う事でも
驚きはしません。
そもそも、「打ち切り」「意志」
どちらかに100%よっているとも限らない。
物事そんな単純なものばかりではないですし。

けれど、どちらかというと
「打ち切り」の比重が大きいように思える。
と、いうか。
これが打ち切りでないとすると
かなり作品が下手を打ってるという事になる。
いや、打ち切りだとしても、
下手打ってる事には変わりないけれど…その場合
「突然宣告されたんですね、限られた週の中
一気にやるしかなかったんですね」という
情状酌量の材料にはなると思います。
だから、そっちに見てあげたい気持ちがある。
そんな、ヘンテコな一話になっているんですよね…。
何が変なのか?

・リトはなぜ春菜ちゃんの方が好きなの?

まず根本的な話すぎて恐縮ですけど、
今回の『とらぶる』を読んでいて
真の意味で納得できた人はいるのでしょうか。
いや、いわゆる複数ヒロイン作品のファン連合
「○○派」(この場合春菜派)から観た
「ホーラ春菜だった!ララ派ざまぁwwww涙目拭けよwww」
のような、願望絡む考え方ではなく(笑)。
ここで必然をもって「そうだよね、リト。春菜ちゃんだよね」
というような何かが描かれてきたとは、僕には思えない。
今回のとらぶる、最後を入れ替えるだけで
そちらでも完全に成立するように思えませんか?
「オレは春菜ちゃんが好きだ…でも…!」
とリトが言ったとしても、普通に通ってしまう。

ならば、と
今エピソードだけで強引に話の流れを作る手もあったでしょう。
実際前回ラストのヒキは、宇宙人からの救出
「どっちを助ける?」という典型的な
カルネアデスの板…いや、違うけど(笑)
とにかく、「どっち」を選択する上では
極めてわかりやすいシチュエーションを用意しているんですよね。
しかしリトの選択は
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「いや!どっちも助ける!」

確かに、ここでどちらも助ける事によって
「どちらも大切な人」という前提が強調される事になり
それは選ばれない側にとっては救いとも言えますし
それ以上に、リトというキャラクターにとって
2人ともちゃんと好きなんだ、という
言い訳になる行動ですけど
せっかくのラストチャンスでも、選ばない。

僕は一瞬、ここで「お、フタコイオルタナティブ!?」と思い
一瞬喜んだわけですが
(男性は運命の女性を1人選ぶものだ、という
現代日本の「当然」に対し
「オレたちは男1人女2人が普通の形なんだ!」と
言い切ってみせた、堂々とした物語)
そういうわけでもなく、数ページ後に
春菜ちゃんの方が、という話になっている。
そして、2人とも助けるのはいいとして
その前に一瞬春菜ちゃんに手を伸ばそうとして
しかし思い留まり…といったような、逡巡のプロセスもない。
あったとしても、わかるような描き方をしていない。
漫画のコマにはそういった情報を込められるのに。

こうなってしまうと、そもそもどうして今回
改めて「春菜ちゃんの方が好きだ!」という結論に至ったか
それ自体がよくわからなくなってくる。
だって、この「どちらを助ける!?」がリトを動かすトリガーになったのなら
前述した通り、春菜を優先するか
最低でもその気持ちを描写しないと、読者にとって
何の根拠にもならない。
それなのにそこを普通に「どっちも」で凌いで、でも
あたかもそこで気付いた、と言わんばかり、というのは…

通るかっ・・・そんなもん・・・!(福本伸行漫画口調)

と、いうわけですよ。
今エピソードに頼らないほどの
「春菜ちゃんに至る必然」を組めていたのなら、言う事なし。
それができていないのなら、今エピソードで。
しかしそのチャンスを棒に振りながら、優先順位に気付く。
…なんとも不思議な展開になっています。
読み手が優しさを発動して
「ああ、助けるところで最初に春菜ちゃんが脳裏をよぎったんだね」
などと、読んであげればいいのですが
折角コマという発明によって機微を表現できる
漫画という媒体で、それはちょっと寂しくないでしょうか。

何故「どっちも助ける」のところで、
流れに沿ったネームを組めなかったのか?
単純に気付かなかった?…うーん。
唐突に打ち切り宣告されて慌てて詰めなおしたとしても
それだけを理由にするには、これまで
上手い回も描いてきた人たちです。
なので、理由を探すと…

リトが選ばない方(ララ)に対して
軽薄でない、不実でない見せ方になる事を徹底しようとして
その為に、少しでも選ぶ側に意識が残る描き方は
避けた、という面があるように思えます。
そうでもないと、事ここに至って
リトの徹底した平等性を強調するメリットがない。
結果は平等(2人とも助ける)でいいが、
全てそこに合わせる必要はない。
というか、だから。
全てそこに合わせてしまうと、
どちらが大事か気付く流れに繋がらない。

つまり、主人公・リトに対して
気を遣いまくった結果が今回の「変」な理由じゃないか?と
僕は考えているわけですけど
それは全て、ここに理由というか
責任があるのではないでしょうか。

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ンモー………(コボちゃん口調)
どっちも「好き」だからダメなんだよ!リト!
っていうか長谷見先生!


ともに同じ「好き」という感情の大小で単純比較できてしまうなら
「じゃあ、どちらも“好き”で同じ単位なのに、その優劣もわからず
適当にどっちにも気をやってきたの?」という話になってしまう。
(だからリトフォローが必要になる)
そして、そうだとすると
ここまで延々と「好き」と「好き」の優劣判断もできずに来たのに、
今回のヘンテコなエピソード「程度」で気付いてしまう、という
…どちらにしてもあんまり上手くいっていない。

「好き」と「好き」で読者も主人公も
どちらの「好き」がより好きか気付くには
もう単純に描写の量なり質でもって、
やっぱりこのコ!と見せていくしかないのでしょうが
本作ではそれはできていない、それどころか最近
春菜ちゃんの方が若干空気気味だったりしたわけで。
なのに「好き」同士で真っ向勝負して春菜>ララと突然言い切られるから
春菜ちゃんの方が好きな僕でさえ、
サッパリ気持ちが乗ってこない。
これ…
ララへの感情、「好き」にしない方が良かったんじゃないでしょうか?
その筋でもって、近年まれにみる
完璧な「解答」をしてみせたのが、当サイト創設の遠因とも言える
21世紀を代表する青春群像劇になるであろう
(大袈裟に言っていると自覚している一方で、極めて真面目です)
『true tears』なわけです。

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2008-09-26

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作品としては良いが・ ...
遅ればせながら観まし ...
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『true tears』もまた、主人公・眞一郎が2人の少女の狭間で揺れ動き
(愛子は頭数に入れません。
眞一郎のキャパシティは「2人まで」です。)
結局好きなのはこの子だ、と選ぶ物語であり
その点で「とらぶる」と相似。
というか恋愛物語の多くはこの形をとっている。
ここでtrue tearsでも「○○派」はいたはずであり、
いわゆる乃絵派が「何で比呂美なの?」みたいな事を言い出すわけですが…
気付いて欲しいものです。
自分で、好きな作品の質を貶めているにも等しいという事に。
それは今回の「とらぶる」と同じだ、という事ですよね、作品として。
でも、全く違う。
true tearsの優れているところは
少女2人の間で揺れ動く感情と、青春(思春期)特有の惑い…
以前他の記事で書いた表現を繰り返すと
感情の誤配置(誤定義)

とを組み合わせる事で

「本当に好きな人は最初から最後まで1人だけだった。
けれど、ほかに当てはめるべき言葉を知らなかった。
彼女も自分にとって初めての出会いだったから」

と、いう見事な解答を引き出しているんですよね。
それが最終回の号泣ポイント近辺での、眞一郎の名言
「俺…比呂美が好きだ。でも、お前を見ていると…心が震える」
に繋がっている。
リトも、それに似た言葉を探すべきではなかったのでしょうか?
「好き」対「好き」が、イコール失敗と言いたいのではない。
好きと好きを戦わせるには、本当にシンプルな
積み木の積み上げた高さ競争のような
キャラクター同士の勝負が必要で。
それを行う時間なり余裕がないのなら、
別の解答の方がふさわしいよ、という話なのです。
実際問題、春菜ちゃんがその勝負で
高く積みあがっている、と感じている人は誰1人いないでしょうから。
だからこそ、繰り返します。

どちらも「好き」という言葉を選ぶから駄目なんですよ、長谷見先生。
(ララなんて特に「一歩踏み出させる人」にしやすいのに…。)

余談。
ここまで当然のように「意志」にせよ「打ち切り」にせよ
終わる事を前提に話を進めておりますが(笑)
案外、ここまで描きながらまたいつものルーティンに引き返す事も
できなくはないんですよね。
ちょっと、さすがに今回の踏み込みを行ってしまうと
厳しいとは思いますが。

或いは、「最終回」だけど「続く」方法もある。
たとえばこんな感じ。

リトがララより春菜を好きな理由は、結局の所時間。
先に出会い、先に想っていたというのが大きかった。
春菜「ララさん…私たち、出会う順番が違っていたら…」
ララ「春菜…やさしいね。ありがとう。
 でもそんなもしもは無いもの。」

そこでララの実験道具なりが暴発して、リトの記憶がすっとぶ(笑)。

春菜「ララさん…いいえララ、これで平等に結城くんを奪い合う勝負ができるね!」
ララ「い、いいの?春菜?」
春菜「だって結城くんは私との日々も、ララとの日々も覚えていないんだもの。
これで有利不利なし、私たちの本当の勝負ができるんだよ」
ララ「…ありがとう…よーし、今度は負けないんだから!」
春菜「私ももう遠慮しないからね、ララ!」

私たちも忘れてもらっては困る!みたいに、他のヒロイン登場。
皆でリトを追い掛け回す

リト「なんだかよくわからないが、オレの“とらぶる”は始まったばかりみたいだ…」

Ende


なんで突然ドイツ語なんだよ(笑)。

A・それは勿論、銀河英雄伝説が好きだからですが何か?
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2009年8月26日、9時前後。ルイの今日のブログ更新は
かなり長々書きながら停止した。
※この引用元がわからない人は
 とりあえず『銀河英雄伝説』を読むか観ることなのですよー。
 個人的にはクラシックと声優の名演が溢れるアニメ版推奨。

秋吉満ちる/SKIES OF LOVE

ちなみに、銀英伝の1期OP「SKIES OF LOVE」は
結構僕、ガチで
高垣彩陽さんにカバーして欲しいです
アニソンカバーアルバムを企画する際は、是非!是非是非!

ん?とらぶる→true tears→銀英伝→高垣彩陽?
メッチャクチャ?

気にしない気にしない、タイトルが何であれ
結局このブログは声優・高垣彩陽さんを応援するブログなので!

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