たとえばこんなトラックバック~夕凪の街桜の国~

こんにちは、声優・高垣彩陽さんを応援するブログです。
そういえばあやひごろを読んだ時、音楽として鳴り響いたのは
マル・ウォルドロン、漫画として浮かんだのは
「夕凪の街桜の国」だったので、そちら側からもトラックバック。
トラバのスタンス模索中。
夕凪の街桜の国
双葉社
こうの 史代

ユーザレビュー:
「戦前」に読むべき本 ...
いろんな描き方があっ ...
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既にベストセラー作品ですし、映画化までされているので
語りつくされている作品ながら、
自分の言葉で消化する事を蔑ろにする理由にもなるまい。
この時期に思い出したのも何かの縁。

なんといってもこの作品が凄いな、と思うのは
コマの使い方です。
基本的に淡々と、コマのサイズで演出を行うような事はせず
1ページ6コマなら6コマで、あまり起伏をつけず
静かに描写を重ねていったからこそ
その先でたまに登場する大ゴマに、単純な情報なんてものでは言い切れない
万感の思いを感じ取る事ができる。
細部にテクニックを駆使していないからこそ、唯一のワザともいえる
ぶち抜きのコマという「作為的演出」に力が乗るのではないでしょうか。

この作品を読んだときのことは忘れられません。
泣きました。
でも、そこを強調とすると歪んでしまう。
別に誰かが死んだから泣く、という類でもないですし
「泣かせ」の価値観からすれば、特別な展開は組んでいないのだから。
「死んじゃって哀しいよ」的な読み方は不足と思いますし
そういった読み方を誘発する可能性があるのなら、
「泣ける」は避けた方がいい形容なのかもしれません…
一巡して、ド直球で涙をタイトルにもっていった傑作=true tearsもあるわけだけど。

「僕らの原爆体験は終わっていない」的なスタンス自体は
別に斬新な作品というわけでもないですし、寧ろあり触れているとも思う。
この作品を特別たらしめたのは、とにかく
核が通り過ぎていった後も地続きの日常を歩む人の、
何気ないセリフやモノローグ。それを静かに描く筆致。
久々に引っ張り出してみましたが、
自分の心が震えたシーンはすぐ思い出せた。
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意識の遠のきを画を描かず表現する事自体に、
新味のものはありませんが。
とにかく、言葉。最後の言葉が凄い。
拳よりナイフ、ナイフより銃、銃より爆弾。
勿論威力が格段に増していく順番なわけですが
それに伴わなければつりあわないはずの「行為者の実感」が
反比例してどんどん薄まっていくのが、何より恐ろしいことなんですよね。
拳は相手を直接殴る感触。
ナイフは肉を切る感覚。
銃弾は相手を直線上に捉え、明確にイメージして仕留める(目視)。
爆弾は方向を指定してスイッチを押す…個別の対象を既に見ていない。
そして原爆は、それに加えて時を越えてゆく。
実感が遠ざかるほどにその分を補わなければいけないのは何か。
想像力、イメージです。

彼女が言っているのは、皮肉や恨み言というよりも、もっと根本的な
「死ぬんだから、私を殺すというイメージを持ってよね」といった
魂の嘆きなんですよね。
原爆を投下した、日本が降伏した、ハイ終わりではなく
その爆弾の「殺傷能力」は時を越えていくのだと。
ならば、どうせなら今増えるその被害者(自分)の数も勘定に入れて
「君も原爆のターゲットだ」と言い切るくらいの意思を求めたくなるのは
凄くわかるじゃないですか。
殺される事自体絶対イヤで、妙なたとえですけど
もし「そう」なら、相手にも明確な殺意とそれに伴う覚悟と十字架を背負ってもらわないと
簡単に言えば「ワリに合わない」というか。
このセリフ一言で、作品の半分くらいは表現できてしまっているんじゃないか、
というくらいのものだと思っています。
画像

ここも大変に重たく、そしてこの作品を特別にした部分でしょう。
原爆が終わらないという事は、それを背負った
「重篤な被害は負わなかったかもしれないが、明日をおびえて生きる人たち」
がいるという事で
彼らはまた「そうじゃない人々」との視線とも戦わなくてはならない。
僕が泣いたのは誰の死んだシーンでもなく、ここ。
とにかく悔しくて悔しくて、膝を思い切り拳でたたきつけていたら
涙が自然と出ていた。
なんだそれ、と。
これ以上ないほどの地獄を生き延びた人に対してかける言葉が
「ピカのせいでアタマが弱い」ってなんだそれ。
しかも何より腹が立つのは、
これが特別な事ではない、とわかってしまうところ。
簡単に因果関係を求める気持ちは自分にだってある…
それが時に、こんなにまで残酷な言葉になって人を傷つける。
言った側はどこまで考えて口にしたのか…
この作品はこの後、彼らの娘世代まで追いかけて
「被爆二世・三世である事」を追いかけていきますが
それはもう、このシーンから始まっている事。

人間には、限りなく想像力が必要です。
知識も勿論大切で、求めれば求めるほど・・・というものですが
知識が人間に「必須」なものだとは、思わない。
その考え方なら、高垣彩陽さんを尊敬・敬愛する自分はいない。
(…?また失礼な事を言ってる気がする!!!)
本当に人間に求められるのは、心の方向、魂のベクトルであって
その心を誤った方角に導かない羅針盤が、想像力なのでしょう。
知識は望遠鏡にはなるかもしれないが、羅針盤たりえるとは思えない。
そして自分はその点でもって高垣彩陽さんに
「かなわないな」と感じているし、尊敬しているのです。
ただのアイドル声優萌えブログだと思ってもらっちゃ大間違い。
僕は彩陽さんを…非常に…精神的に…

あやひーかわいいよあやひー(●´ω`●)

↑朝令暮改

想像力なら、いくらあっても足りるという事はない。
その力の基盤を養う為にも、これは是非とも
学校の図書館に置いて欲しい作品でした。
短くて読み易いというのもいいし
政治的なスタンスを表明しがちなこの題材にあって
本当に「市井」に視点を集中しきったことが奏功してます。
ここにあるのは、ただシンプルな想い。

「消されるなこの想い、忘れるなこの痛み。」

唐突に『ゼーガペイン』オチ。
高垣彩陽さんもお世話になった、浅沼晋太郎さんの声優デビュー作であり
カルトな人気を持ったSFアニメですね(今某投票でtrue tearsと激戦中…)。

ゼーガペインには、アタマにつける漢字四文字が足りなかったと思う。
「虚構実存 ゼーガペイン」とか、そういうのが。
と、今日はこんなところでキスしてグッバイ(?)です。

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