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zoom RSS 『ましろ色シンフォニー』は『ToHeart』なのか?恋愛ゲームアニメの構成いまむかし

<<   作成日時 : 2011/12/10 23:13   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 6

2011年10月期放送アニメ『ましろ色シンフォニー』。
2000年代隆盛を誇ったこの作品のフォーマット「アダルト(恋愛)ゲーム原作のアニメ版」も
現在ではライトノベル原作が主流となり、めっきりその数を減らしています。
ただ、数が減った分漫然とただアニメーション企画を起こしたような作品が減り、
ここ数年の恋愛ゲーム原作は、なかなかの質と、興味深い内容を伴っています。
ピークを過ぎたからこそ、今恋愛ゲーム原作アニメをしっかりと観る時、なのかもしれません。
そこで『ましろ色』です。アニメーション制作がクオリティ定評のあるマングローブ、
監督が品のある映像作品『ささめきこと』を生み出した菅沼栄治さん、と
スタッフから期待した通りの、観応えのある映像作品となっているわけですが
僕は放送当時から、この作品を観ていて度々とあるアニメ作品を思い出していたのでした。
それが『ToHeart』。恋愛ゲーム隆盛を切り開いた、伝説的なゲームであり、そのアニメです。
愉しみ方は様々で、色々な視点や比較ができる懐の深い作品とも思っていますが
とりあえず今回は、その部分に焦点を合わせて、この作品の価値、狙いどころなどを見ていきましょう。

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2度目のアニメ化作品「Remember my memories」の話じゃ、な、ないんだからねっ!

まずは何も言わず、これを観てください。
画像

『ましろ色シンフォニー』野良メイド、アンジェさんです。
画像

『ToHeart』萌え最初期の伝説的ヒロイン、メイドロボのマルチです。(CV堀江由衣)

完 全 に 一 致(緑髪とメイド的な意味で)。

え?こじつけ?ならば更にこれを観てください。
画像

画像


完 全 に 一 致(ヤカン的な意味で)。
画像

画像


完 全 に 一 致(髪の色とぬこ的な意味で)。

…フウ。以上で十分でしょうか?そう、『ましろ色シンフォニー』と『ToHeart』は
干支が一巡りするように、10年以上の時を経て
並ぶべくして並んだ、生まれ変わりのような関係性だったんですよ!!!

以上冗談。やってみたかっただけで反省もしている。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
はい、ここから本題です(笑)。
ToHeartをご存知ない方は、とりあえずWikipedia先生にでも教えてもらいましょうか?
個人的にも2009年2月に、上条当麻のようなハーレム主人公研究を
恋愛ゲームサイドから行う、という試みを行った際、ToHeartにも触れています。

主人公に観る恋愛ゲーム20年史と、問い掛けること

↑これ、同種の問題意識がないと読みづらいとは思うのですが
個人的には、一気に書いた割には手前味噌ながら良い所を捉えている気がしています。
(例えばそこに書いた
同じ主人公が、開始時点を起点に複数回の分岐世界を経験するという恋愛ゲームの並列ヒロイン構造。その一回性の乏しさそのものに自覚的になれば、それはKIDの家庭用恋愛ゲーム「infinityシリーズ」(2000〜)のような、上位視点を伴った作品を生み出すでしょう。

これはその後、『シュタインズ・ゲート』が生まれた事で実証されましたよね)
ただまあ、今回はToHeartの部分です。中略しつつ抜粋します。
・ToHeart(主人公10%、ヒロイン90%)1997年
 Leafのビジュアルノベル第三作にして、美少女恋愛アドベンチャーの記念碑的作品。高校生活の日常を描きながら、ヒロイン達との個別の交流を描く。ビジュアルノベル形式が主流ではなくなった現在にあっても、その影響力は大きい。

今までの作品が「原初」、プレ的な位置付けだったのに対して、ここからは明確に言葉が当てはめられます。ここにきて、主人公と対象の%が合計で100になった。たまに出てくる選択肢を選ぶだけ、というビジュアルノベルのゲーム性(元がノベル=読むもの)と重なって、完全に恋愛ゲームが「物語」としての命を得たわけです。

 「同級生」の能動的ナンパ野郎、「ときメモ」の受動的聞き上手を経て、ToHeartの主人公、藤田浩之はまさしく「恋愛原子核」。強い動機や理由があるわけではないが(主に寝てばかりいる、面倒臭がりという面でもって後のフォーマットに)、やる気を出してスイッチをONにすればなかなかのもの。何でか様々なヒロインの物語に分け隔てなく緩やかに入り込み、理解者となって恋愛関係となる。恋愛原子核は根拠の無い「優しさ(理解力)」でもって好感を持たれる事が多いのですが(無根拠恋愛原子核)、そのあたりも既に完備。おそらく、これは「同級生」から連綿と続く「感情移入対象としてのゲーム主人公」の名残であり、「優しさ」(同級生は「積極性」)という漠然としたキーワードなら、誰しも自分の中にソレを見出す事が可能だったのでしょう。

※余談ですが、アニメ「ToHeart」の一作目では、勿論浩之にも目は存在し、また「一本道のストーリーの中での恋愛原子核」をかなり的確に描写しています。生来の怠け者気質を溶け込ませる事で過剰すぎない「優しさ」を示しながら各ヒロインの物語に柔らかに立ち入り、それでいてそんな主人公を行き過ぎた超人にしたてないよう、恋愛意識の乏しさと、並列を抜け出す序列一位=幼馴染・神岸あかりとの物語を縦に一本通す事で、バランスを取ってある。ヒロイン並列構造の一本化(簡単に言えば、ヒロイン毎に存在する恋愛を軸にした物語を一本の物語に収斂する事)というテーマを考える上でも、この作品は原作ゲーム、アニメ版ともにかなり重要な作品です。


簡単に言うと、「%」は物語の受け持ち分のようなものですね。
無色透明だった主人公が個性と物語を獲得していき、それが結果として
衛宮士郎のような寧ろ相手を食う程の物語比重の大きい主人公に至ったのだ、といった
理屈の中で扱いなので、ToHeartに10%90%という判定を与えています。
これ、『ましろ色』もそうなんですよね。
ましろ色主人公・瓜生新吾には背負うべき内面の物語は見当たらない。
ただ、上記のToHeart主人公、藤田浩之の
「何でか様々なヒロインの物語に分け隔てなく緩やかに入り込み、理解者となって恋愛関係となる」
の「何でか」の部分に根拠を、物語を担わないレベルでの設定で付与しただけです。

それが「喘息を患っていたから空気に敏感」(故に気を遣う)という、
納得できるようなできないような(笑)理由。
個人的にはこの一点でハーレム主人公要項を満たす大技、大好きだったりもしますし
そのある意味雑な設定を、クオリティが高いからこそなせる「所作」でもって地道に補強していくのは
素晴らしい仕事とも思っているのですが、
(昼食時、机の寄せ方が男仲間の椋梨隼太と違い丁寧で静か、という個性を、
モノローグなりで指摘するでもなく、画だけで見せるのはまさにこの作品の質)
とりあえず、物語バランス的にはそれこそ恋愛ゲームが物語として興った当初くらいのバランスで
意識的に調節されている、という印象があります。
だからToHeartを思い出した、というのもあるのでしょう。いやメイドとかヤカンとかじゃなくて(笑)。

また、物語としての振れ幅の狭さ…というか、リアリティレベルにも近いものを感じます。
そうはいっても『ToHeart』はメイドロボ、超能力といった要素が存在するわけですが
ぱんにゃ(謎の生物)もフィクションレベルは似たようなものですし(笑)
何より後発のKEY作品(Kanon、AIR、CLANNAD終盤…)に代表されるような
既にファンタジーの類とも言える奇想天外な物語と比べれば、その程度は知れたもの。
その証拠に「日常」の中にしっかり嚥下できてしまっていますよね。

実質的に、現在の恋愛ゲームの母はToHeart以上に
それらKEY作品、という気がするのですが(「泣きゲー」と不可分な歴史を観ても)
そんな中でも揺り戻し、カウンターのようにあまりフィクションレベルの高くない、
緩やかな作品の流れというものは存在しています。
大人気メーカー「オーガスト」の作品群も、異世界の姫、吸血鬼といったものを描きながらも
かなりこちらの作品群に収まる日常温度です。
ちなみに、そのオーガストの作品『夜明け前より瑠璃色な』のアニメが
海外に丸投げした作画により、伝説的な作画崩壊「キャベツ」を引き起こしてしまうわけですが
画像

それが恋愛ゲームアニメの量的な意味での最盛期を象徴する悲劇だったとするなら
冒頭に書いた通り、数を絞る事で質を高めた現在の恋愛ゲームアニメ『ましろ色』が
この哀しき「キャベツ論壇」を終わらせる勢いで、精緻なキャベツオンリー弁当を出してきたのは
まさに先人の尻拭いと共に、新たな段階への突入を告げたものだったと言えるでしょう。
画像

で。その一巡してクオリティを取り戻した『ましろ色』の状況は
生まれたてで数が少なかった(粗製乱造ではなかった)『ToHeart』と重なるのも面白い所。
ToHeart千羽由利子さん、ましろ色川村敏江さんと
奇しくも、ともに腕利きの女性アニメーターにより
ある面で原作以上にリファインされたキャラクター達、高い質の動き、背景美術…
10年以上に渡る紆余曲折を経て、恋愛ゲームアニメの大先輩にして最初の傑作である
『ToHeart』の領域にまで戻ってきたと考えると、感慨深いものがあります。
ToHeartも小林七郎美術を活かしながら、ハーモニー処理や所作で見事に言外の描きをものにした作品であり
その証拠として最終回、浩之とあかりはキスすら、告白すらなく恋愛の成就を
心配りの仕方や細かいあれこれで表現してしまっています。
最初は、こんなすごいジャンルだったのです。途中でキャベツとか色々あったけど←死者に鞭

もちろん、ただ1999年に戻ったわけではありません。
その間ずっとアニメーション世界は、マルチヒロインのゲームを
どうアニメーションという「一本道の物語」に落としこむか?という実験を
行なってきたわけです。
『アマガミSS』のような完全オムニバス、
『ヨスガノソラ』のような分岐を可視化させるような作りなど
極北的な回答も既に出ているのですが、
これまた先祖たる『ToHeart』の時点で、かなり高精度な構成が組まれています。

神岸あかりという問答無用の「1位」との交流を1クールの縦軸に置きながら、
その影のような配置として悪友・志保の報われない恋心も設置。
他のヒロインには1話〜数話を与え、個別に主人公との交流によって
内面的な物語や状況を改善・解決。成長を描く。

とまあ、最初期の割に惚れ惚れするほど見事な形を
このジャンルのはしり、しょっぱなから提示してしまっています。
この『ToHeart』、ゲームが恋愛ゲームの革命的作品であると同時に
アニメもこの系統の礎にして到達点であったり、
またその後一気に主流となる「1クールアニメ」の初期作品としても
構成の「型」を見せた意義深い作品なので、機会がありましたら
是非遊んで・観てみるのも良いかもしれませんね。

脱線。

この『ToHeart』の構成、実は基本『ましろ色』も踏襲していると感じています。
もちろんそれは2011年なりの、ハイブリッドなものにはなっているのですが
そんなに歪な、突飛な構成や展開を組んでいるようには思えない。
12月10日現在(最新話は10話)では、みう先輩と相思相愛になったり、
ツンデレ少女?乾紗凪が失恋して号泣したり、といった展開それ自体が話題になっておりますが、
それはToHeart置換した場合の「誰があかりか」的な部分の読みの違いの話に過ぎず、
やはり根底、基本構成は先ほど書いた
『個別に主人公との交流によって内面的な物語や状況を改善・解決。』
つまり、ヒロインの見本市、お披露目的な目的があると感じています。

本当に、紗凪やみう先輩の所をクローズアップして
「勝手に特定ルートの物語組むな」的な言説を見かけもするのですが…
例えば「原作で1番人気の紗凪というキャラクターは、原作では非攻略キャラだった」わけですよね。
コンシューマ版でルートが新設されるそうですが、つまり
そもそもが、「恋愛成就のない姿でもって一番人気になっている」。
そのキャラがコンシューマ版でIF的に、その不満をも力にヒロイン昇格したというのなら
今回のアニメーションでそれを皆に追体験させるのは、自然な形と思えますし
それは、紗凪が最も輝く形という判断なのでしょう。
実際「かわいい」も「かわいそう」も没入の形ですしね。

※ソフト発売後の人気投票は紗凪1位、みう2位。
 特定ルートの無い紗凪が輝くのは、みうルート

つまり「紗凪を中心に組んだ結果、みう先輩になった」…
ちょっと言い過ぎかもしれませんが、それくらいの優遇が感じられる話ではあります。
まあ、みう先輩というのも紗凪が譲れる相手、という要素を抜きにしても妥当な落とし所で
後述しますが、主要キャラクター達の「成長」を描くノルマ的にも、
また原作にも存在している設定らしいですが、アニメ版のこの「空気を読む」設定的にも
みう先輩に惹かれていくのは、とても納得のいく部分ではあります。

明らかに、みう先輩の周囲が一番空気軽そうですからね(笑)。
瓜生くんは重い空気が嫌だから、自分の為という自然な動機も相まって
前半頑張って愛理達の空気を緩和させてきたわけですが
みう先輩の空気は頑張るまでもなく柔らかいし、おかかかけたりといった(笑)
動きはまさに気を遣ったセカンド主人公的で、瓜生と相似な所がある。
まあ…惚れるよなあ、と。個人的には普通に納得してしまった部分だったりします。
もちろん、尊敬と恋愛は違う、と一言触れたらそれだけでひっくり返せる部分なので
こうなって然るべき!なんて意味合いではありませんけどね。納得はありますよと。

確かに中盤(紗凪が出張ってくる前)あたりまでは、僕もこの作品は
もっと欲のない、ヒロイン展示で終わるような作品なのかな…と思っていたので
恋愛成就という形を描くだけでも、ちょっと驚きではあったのですが。
しかし、初期から脚本などで意識させにきていた「成長」の部分に誠実なのかな、と
作り手の志の高さに感嘆させられたり、嫌な驚きではありませんでした。
驚いたものの、突拍子もないと言う程の事もないんですよね。その辺は後述します。
そうそう、菅沼監督が『ささめきこと』では構造見せ程度の欲のない構成に終始したので
逆の方向に振りきれた、なんて見方も面白いかもしれませんね(笑)。

・主要キャラクター達の「成長」

先ほど書いたこの言葉。
やはり、各キャラクターを一歩進める事を最上位に置いているようです。
『ToHeart』だと、それこそ紗凪的な立場の悪友・志保の動きを除けば
各ヒロインごとに専用の話数を割り当てて、そこに焦点を絞った描きをしている。
しかも格闘技の試合だの、ロボの試用期間だの…
話が独立しているので、とても判断しやすいのですが、
一方それは物語がシリアルな処理すぎる、という指摘もできてしまう部分ではありました。
○○回、の弊害ですね。

『ましろ色』の場合、そのあたり、なだらか且つ同時進行的。
複数話数を用いたり、同じ話でもAは途中まで、Bは途中から・・と
各人の開始位置と終了位置をズラすような形で
各ヒロインの物語を消化しており、「○○回」がないからこその、
同じ学園の中での生き物のような時間が生まれています。
この辺はシリーズ構成の「チームRIKKA」?…何者なのかさっぱりわからないけれど
構成と、脚本会議の賜物なのでしょう。
あまり楽なやり方じゃない筈ですよね。
一人脚本でもないのに、他脚本家への情報の引継ぎが多い作り方です。
脚本家の連名なのかなあ…+監督かなあ…このあたりも『ましろ色』の深み。

で、肝心の「成長」ですが、どうやら各人に1つ
明確なキーワードのようなものが存在しているようです。
これは、愛理が呟いたひとりごとだったり、瓜生が愛理に話した言葉だったりから気付いた事で
明確に言葉にしている事もあれば、そうでない事もありますが…
とりあえず、この視点でいくと一番観やすいかな、という感覚がありました。
言葉は人によって多少異なる所もありましょうが、大体こんな風になります。

愛理…変化
瓜生…配慮
アンジェ…奉仕
みう…責任
紗凪…男嫌い(閉鎖)
桜乃…?(兄依存)

・愛理
 愛理は自分で「変化が怖かった」的なことを呟いていましたね。
 それが当初の女子高→併合への反発にも繋がっていた。、
 瓜生との交流を期に、変わる事の楽しさ、うれしさに目覚めていった…
 最初に彼女に触れたおかげで、作品の背骨がその変化≒成長と明確にはなったものの
 正直、愛理はそこで「あがり」を迎えてしまっているせいで
 後半の動きが若干ステルスなんですよね(笑)。
 だから、愛理はチュートリアル主人公みたいなものなんだ、と…怒られるか(笑)。

・瓜生
 喘息経験ゆえに、周囲の空気に敏感で、重い空気が嫌。
 だから愛想笑いに代表されるように、ソフト処理してしまう。
 そこが評価される事もあるでしょうが、
 本人は愛理に説明する際、自分の問題に自覚的ではあったように思えました。
 瓜生は主人公だし、野郎だしで(笑)あくまでポジションはヒロインの為の鏡、
 ひょっとしたら彼の場合はその課題に対するあがりは無いのかもしれませんが…
 
 個人的に勝手に腑に落ちた事として、後半の瓜生は
 「空気を読む」のが得意な割に、紗凪の鬱屈をはじめとして
 かなり鈍感でマイ・ウェイですよね。10話に至っては、部室の扉が開き
 紗凪が自分とみう先輩の恋愛成就を目撃していた事すら気付かない体たらく。
 雨音まで鳴ってるんだぞ!「こまめに気がつく男」の名が泣くぞ!!
 …それを「恋愛に関してだけは鈍感なのね」なんて言うこともできますが
 これは「みう先輩に本気で恋をして、周囲の空気など気にせず突き進めた」
 と捉えると、綺麗という感触があります。
 
・アンジェ
 奉仕はあくまで手段であり、奉仕の為の奉仕(水ばらまいたり)は違うという事。
 彼女だけ、声もフォルムも、そしてやっぱりここのキーワードも変というか軽いので
 彼女の話が真ん中に混ぜ込まれてしまったせいで、
 愛理で通ったましろ色の構造が見えづらくなってしまった、という面はあるかもしれません。
 でも、素通りはしなかった、と。
 
・みう
 彼女の母親が言っていたように、出来過ぎた子には出来過ぎた子なりの欠点、
 人に頼る事ができない、責任を内に抱え込みすぎるという特徴がありました。
 (頑張りすぎて倒れるって、他のキャラを好きな人からすればぐぬぬですよね…wズルいw)
 この解決法がまさに瓜生の抱擁=自分と同じくらい頼れる人がいると気付いてもらう。
 みう先輩の成長のためには、恋愛はけして悪手ではありません。というか良手なので
 なるほど恋愛フェーズを持ち込むならみう先輩、というのは綺麗に思えます。
 ぬこ部の仲間全員で「頼って!」という展開にもっていくのも悪くないけれど、
 それが可能なら、紗凪は他の皆が加入するまで何もできなかった…という切ない話になります(笑)。
 やっぱり、仲間は何人いても、みう先輩は成長できなかった、と思ってあげた方が
 結果的に紗凪にも優しいのではないかな。

・紗凪
 正直、彼女が何故男嫌いなのか、ここまで作中で特に描かれた印象がないので
 ちょっと自分で書いていても漠然とした所があるのですが、少なくとも事実男嫌いが出発点。
 猫アレルギーも加味して、全体的に「世界が狭かった」のが紗凪。
 いや、アレルギーはしょうがないですよ?(笑)ただ設定付与の意味として。
 男だから論外、という論理で尊敬できる女性・みう先輩に飛びついていた初期を思えば、
 瓜生を好きになり、その人の幸福を願う流れは、彼女にとっては紛れもなく前進。
 まあ、愛理の時同様、この問題は
 「好きになった時にはあがりを迎えている問題」なので
 この辺が恋愛バトル視点的には筋の悪い所ですけどね(笑)。
 なあなあで答えを与えないよりは、人の成長という観点からすれば
 「号泣」は優しい描きです。
 そして、それでも可哀想で仕方ない人はPSP版を買って紗凪ルートを遊んでください、と。
 (完璧だ!)

・桜乃

 不 明 (笑)
 紗凪が可哀想という声はたくさん聞こえてきますけど、
 物語的には桜乃がぼっち状態で、最も不憫?
 彼女だけ、そのキーワードが微妙に見えそうで見えてきません。
 物語リテラシーからの推測では「ブラコン」と言いますか、
 兄依存がきつく、そこからの脱却が成長なのでは、などと思うのですが
 (その場合、10話でアンジェを外に誘った所が彼女のあがり相当)
 最初の頃は依存がキツかったのに、どこかでシフトしました…という
 シフトポイントが、段階的にせよあまり見えてこないので
 それなら、これまでもずっと兄妹だったろうにどこでこうなった…?と
 若干しっくりこない気持ちを抱かせる妹さん。本当に不憫です。
 まあ、でも多分それは描写量の少なさからの悲劇であって
 実際、ベクトルはそれ(兄離れ)だろうとは思います。 
 本来、実妹なのだから他ヒロインとは距離があって当然、と言われたら
 こちらの目が濁っていてスイマセンという話になります(笑)。

自分にはない、人との相互影響で紡ぐ新たな音色…まさにシンフォニーですね。
『ましろ色』の構成は、個人に明確なフォーカスをあてる作りではなかったので
あまりこの手の視点を持っていなかった方も多いのではないでしょうか。
だからこそ、この系統の古典的名作である『ToHeart』の名を出し
その変化版というか、ズラしを入れただけなんですよ、と言ってみたわけです。
ええ。けしてヤカンネタをやりたかっただけではなくて。ええ。
↑どんどん胡散臭くなる

個人的に、『ToHeart』の1期はその抑制の効いた作りが大好きな作品でしたから
それを思い出させる作品に出会えて、とても嬉しい体験でした。
干支のように一巡、と言ったけれど
構成的に先人を踏まえて工夫された、螺旋状に一周した作品、と言った方が良いのかもしれません。
この2作を並べる人がどれだけいるかはわかりませんが、
これを機に、ToHeartを観直すなんてのも面白いかもしれませんよ!
とりあえずは、2011年型の恋愛ゲームアニメの王道を往く、ましろ色を皆で応援しよう!

余談…ハーレム主人公同様に、その友人ポジションにも興味を抱いているので、
 この作品の友人・椋梨隼太くんも興味深い存在でした。
 能力がある分、「敵」にならぬよう婚約者を配されていたり
 露骨なハーレムに見えないよう昼食などは同伴させつつも、
 突出しないよう生徒会の仕事でいなくなったり…
 皆そんなに同性が怖いか(笑)!
 ちなみに声優の鈴木達央さん、『そらおと』『バカテス』『ましろ色』と
 全部会長や婚約者で封印食らってますね(笑)。声がイケメンな分抑えがかかるのかな。

12月25日追記
12話(最終話)『ましろ色の季節』観ました。
記事タイトルは『ましろ色シンフォニーはあらいぐまラスカルなのか?』
が良かったか…(笑)と、言うのは冗談としても。
みう先輩は結局彼氏に心も体も委ねる事で彼女の欠損である自己完結性を手近な「カップル完結性」…共依存の形に変換しただけとも言えるので、その観点の場合「みう先輩が最も成長していないヒロイン」と言える訳です。まあやはり、恋愛ドラマを恋愛だけで語るのは寂しい。 #mashiro_tv

最終回放送前に、こんな事を呟いていた自分。
世間の「みう先輩勝利」という言説に対するカウンターの意味も含めていたものの、
勿論本気の指摘でもあって。
その意味では、最終回は「育ちそこねたみう先輩のケジメの話」でした。
涙を流しながら新吾に本音をぶちまけるシーンは、
新吾の「空気を読めない」にも似た、後退に似た前進、変化…
彼女の自己完結性を良く崩せていました。
…思いましたが…でも、ぱんにゃが居なくても貴女新吾がいますよねというか(笑)。
逆に言えば、新吾を得た(恋愛バトル視点における「勝利」)人も
こうやって痛みを知ってもらいますよ、そこから成長してもらいますよ、というところに
本作の徹底した「成長視点」を感じ取る事ができ、記事を書いた身としては
外れていなくてホッとした部分でもありました。
別れがあっても、出会いを尊ぶ…まさに「シンフォニー」は
曲が終わるとしても、その瞬間の音の邂逅を愉しむものであるし
それは全ての物語に通じる宣言とも思います。
作品のスタートが「学校の併合」というまさに異種との交わりだった事を考えても
結局首尾一貫した、立派な作品だったとは言えそうですね。
(11話であんなサービスシーン気味にみう先輩とイチャコラする事はないと思ったけどw)

ちなみに。同時にTwitterで
@italiajin まだ最終回観てないんですけど、ぼくは合併ご破算になったら面白いと思ってましたwその意味合いをぬこ部に全部預けた形なのかな?ぱんにゃラスカル説w

なんて会話をしていたのは、別にバッドエンド志向なのではなく(笑)…
ここまで読んでいただけたなら、既に周知でしょうか?
そう、この併合がご破算になれば、ヒロイン主人公全員にとって
まさにこの「物語の日々」それ自体がぱんにゃとの日々と同じ意味を持ち
それは、ぱんにゃとの別離よりもみう先輩に偏らず、全員の
「別れがあっても、出会いから得る喜び(変化・成長・思い出…)」になる、と。
そういう意味だったわけです。
どうやら物語では、併合は署名運動により回避されたようですが
(新学年になっていたので)学長が愛理に言った、結果が分かる全段階での
「併合は正解だった」というのは、まさにこの作品テーマの代弁だったりします。
さすが年長者、締める所は締める。
しかし、そこがぱんにゃテーマによってみう先輩に寄った結果…

桜乃(妹)、本当に最後まで扱い微妙になったなぁ…(笑)


http://twitter.com/rui178 呟いております。http://twilog.org/rui178 適当な単語で検索してみてください。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
恋愛ゲームアニメは難しい。

各ヒロインそれぞれにファンが付いていて、誰と結ばれても物議を醸し出す。

各ヒロインのエピソードを挟みつつ、メインヒロインとのHAPPY ENDで終わるのが一番無難だと思うのだが、それはそれで話が予定調和の流れで進んでいくように感じられるので、色々と工夫を凝らさなくてはならない。

結局、万人が納得する展開なんてあり得ないのだろうな。

ゆうてい
2011/12/11 00:26
とても面白く読ませて頂きました。ここまで深い考察は自分には不可能ですが、自分なりの意見を失礼します。
(以下ましろ色のネタバレ?があるのでご注意下さい)

・紗凪
彼女が男嫌いなのは、コンシューマで触れられた弟の理央くんの影響ではないかと思います。理央くんの男らしくしてという願いに応えるため、男を意識するうちにガサツなところや下品なところばかりが目に付き、その結果として男嫌いになったのではないかと。

・桜乃
ブラコン脱却はアニメは未視聴なのでわかりませんが、原作では『好きだけどこのままじゃいけない』という思いがあり(桜乃√で描かれていた気がします)、結果として他のヒロインと仲良くなるに連れ自然と成長していったのかと思います。

こういったシナリオも今までの経験と知識を元に一週回って一段上にあると思うと感慨深いものがありますね。目から鱗、というと大げさですが、自分はこの記事に衝撃を受けたのでこちらに書かせて頂きました。大変面白い記事、ありがとうございました。

P.S.チームRIKKAは原作シナリオライター陣とは別のシナリオライターチームとのことです。コンプティークのインタビュー記事に記載されていました。
えにし
2011/12/11 20:51
正妻戦争の名に恥じぬ良い出来のアニメだと思いますよ。
通りすがりの人
2011/12/12 23:29
皆さんコメントありがとうございますー。愉楽の一助になれば幸いです。

>ゆうていさん

基本的にはそういった話になりますね。「万人が納得する」事はないという事は前提にしながらも、そこで終わらずよりそれに近い道を模索する…それはどんな表現の世界であれ同じなのでしょう。この模索の道のりの中で、アマガミやヨスガのようなルート切り分け(2つとも、厳密には異なるのですが)もあれば、「誰ともくっつかない」事で仰る所の「物議」を避けた作品も数多く生み出されました(最初期だと『センチメンタル・ジャーニー』がそうかな?)。が、それはそれで心が動く所の「ドラマ」性によるカタルシスや起伏が減少する為、やはり基本はメリット・デメリットを自覚しての選択という話になるのだと思われます。そこで作り手が何を選択し、何を狙ったか?という所は受け手が汲みとっても良い部分かもしれませんね。狙っていない部分を求めても、それは互いにとって不幸な出会いになるでしょうから。
ルイ
2011/12/13 07:48
>えにしさん

ありがとうございます。本質論を否定する訳ではないのですが、同時にその本質すら「○○(自分、なり特定の位置)から見た本質」に過ぎないとも思っているので、正解探しの趣味はなく、何かを愉しむ際に利用できるようなメガネであれば良いと思っています。気軽にかけたり外したりしてください。

情報ありがとうございます。チームRIKKAはなおのこと気になりますね…。紗凪の「世界の狭さ」もあくまで弟に対する「優しさ」から来ているというあたり、やはり良く出来た造形ですね。『ゆるゆり』という作品のアッカリーンというキャラクターで、「影薄い」というキャラクター性でもって逆に目立つ、という仕掛けが最近ありましたが、彼女の「可哀想」は確実に彼女の魅力描写になっているという点で、あかりと紗凪には作劇の狙い的に近いものを感じないでもありません。そう、そして可哀想の先としてはコンシューマを遊べばいい、と。本当に良く出来た形です。

桜乃についても感謝です。本文にも出した『ヨスガノソラ』のメインヒロイン・穹(妹)と位置的には近似と見ての推測だったのですが、当然当人のルートとなればその成長は打破すべき幻想という事になるんですよね。原作も遊んでみたくなりました。一応アニメでは、デートで着ていく服は何がいいと思う?とふられ「いつものままでいい」と適当に返すあたりに桜乃なりの執着が仄かに見えたものの、基本的に良く出来た子で、それこそ穹が嫉妬全開でわかりやすい所(笑)彼女は「良く出来た兄で助かってます」と言い、他ヒロイン達と仲良くコミュニティを形成するあたりでその辺の「自然と」が見えづらかったのでしょう。ベクトルとしては推察できる範囲ではあるので、多少イチャモンじみているかもしれませんが…でも、不遇かな?特典話なりで心情補完があっても良い部分です。
ルイ
2011/12/13 07:50
>通りすがりの人さん

ニコニコ動画のタグですね(笑)。ちょうど『Fate/Zero』があるからこその上手い文字りで良いフックになっていると思います。とはいえ、作品自体は寧ろ「どうしても”正妻戦争"=杯(妻)を取ったもん勝ち、になってしまいがちな恋愛ゲームアニメ化において、どうそれ以外の満足を与えるか?」という所に腐心した作品とも思っています。恋愛成就=勝ち、フラレ=負け…というのは一面においては問答無用でその通りですが、勿論同時に「一面に過ぎない」話ですからね。紗凪は作品的に寧ろ勝者と言っていいくらいのフォーカスが与えられていますし、人と触れ合う事による成長は、法律が婚姻を一人としか認めていなくとも(笑)ハーレムメーカーがヒロイン皆に与える事ができるもの…と、いうあたりは『化物語』あたりで西尾維新先生も構造的に詳らかにしている部分ですね。

そうそう、今の話を逆から見れば、本当の「聖杯戦争」即ち『Fate/Zero』も、作品構造的には『ましろ』と並べられる、という言い方ができるかもしれません。あれも、寧ろ杯を取れないもの(敗者)の心的納得(勝利)というファクターが重要で、原典以上に虚淵版はそこを重視してあると思いますからね。ライダーは勿論、キャスターなんて完全に勝者に見えるなあ、と。キャスター=紗凪説は、さすがに色々怒られそうですし極端なので控えます(笑)。…ライダー≒紗凪なら怒られないかな…←懲りてない
ルイ
2011/12/13 07:51

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『ましろ色シンフォニー』は『ToHeart』なのか?恋愛ゲームアニメの構成いまむかし ひまわりのむく頃に/BIGLOBEウェブリブログ
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