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zoom RSS ミュージックレイン、スフィア4人のブログ更新を当面休止へ(高垣彩陽応援者視点)

<<   作成日時 : 2011/10/25 00:52   >>

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2011年10月25日は、我らが太陽、高垣彩陽さんの誕生日ですよー!ヒャッホーイ!
と。そんな祝福すべき日の前日、2011年10月24日。
このブログ的には、開設以降最大の悲報が舞い込んできました。
彼女の所属する声優ユニット「スフィア」の4人が
一斉に、ブログ更新を当面休止する事になったのです。
たかがブログ、されどブログ。
彼女の身体に関わる事故なり病気なりを例外とすれば、
最大級のショッキング・ニュースです。

ミュージックレインオフィシャルウェブサイト
(ここの「いつも応援してくださる皆様へ」より。
件の人間を「心ないファン」と「ファン」としてくくる事は
ファン=心ある、という幻想を抱いて満足したい人が多い事を思えば
日本語の使い方としてあまり賢くないと思いますが、まあ言葉の用法レベルの些事でもあります)

皆様へ。
素晴らしい文章だけに、
暫くそれが読めなくなる辛さも増す…。


正直言って、この結末に至るまでの端緒から今に至るまで
こんなに自分の中で負の感情が高まった事はありません。
恋愛?結婚?出産?そんなものは全く問題がない。
いや、勿論その事が彼女の表現にとってプラスになる事は念じ、案じているけれども
それとこれとは話が違う。
今回、様々な情報に踊らされた人もいるでしょうが

(本人に悪気はなくとも、憶測記事に対し
「お似合いじゃん」「ショックだ」といったような、それを前提としたリアクションをしたり
外から声優ファンの処女信仰じみたものに揶揄の姿勢を見せた、外野ポジションを確保したつもりの人も
僕は、同じ「踊り手」だと思っています。同じガソリン、同じ火種の延命者です。
個々の自覚している反応以上に「踊り手」は多かった筈です。学習して欲しいと思います)

シンプルな話は、プライベート・プライバシーの侵害の話であり、
それに外野がわいのわいのと騒いだ結果の情報の拡大であり
それにより真偽無関係に個々の精神や肉体の安全性が損なわれた、その一点です。
公人にプライバシーがない、的な発言は『サトラレ』の世界でもない限り
僕は妄言だと思っていますから、その手の愚かな勘違いの悪しき一例と、
またその事に対する善意の、無自覚の承認・助長行為こそがこの問題の本質です。
情報の真贋なんてものは、そもそも「恋愛禁止」などを堂々と謳い
その事で幻想を共有する事を宣言したAKB48あたりでもない限り、何の意味もなしません。
意識的にせよ、無意識にせよ、勘違いしている人がいるようなので、ここはハッキリしておきましょう。

我ながら、情報の選別やストレスの処理は巧みな方だと自負しておりますが
それでも今回は堪えました。
直接的に記事被害を受けた戸松遥さん、豊崎愛生さん、
彩陽さん同様に二次的に被害を受けた寿美菜子さん。
他の3人のメンバーにとってこの事がどう響くか、高垣彩陽応援者の僕には
確信を持って言える事はありません。
ただ彩陽さんとともに、2008年から眺めてきた人達、という点で
心配と応援をしています。心身が健やかでありますように。
けれど、少なくとも高垣彩陽という人にとって、それだけにはとどまらず。
彼女のブログはただのブログでなく大切な表現の場であったのに、それを
「当分の間」とはいえ失った事が悔しく、悲しくてしょうがありません。

勿論現在、彼女にはラジオがあり、雑誌のコーナーもある。
露出の機会も多いし、映像も、写真も、十分にある。
声優に限らず役者全体を見渡しても、このままでも
十分発信の機会に恵まれている方ではあるのでしょう。
ラジオやブログ自体を行なってこなかった、という人もいる。
ある種の贅沢に基づいた発言である事は否定しません。
けれど、そこを踏まえた上でもなお。

高垣彩陽という人には、絶対にブログが必要だ。

僕はそう思いますし
彼女にとってのブログは、ただのファンサービスなんて領域にはないと思っています。
彼女の魅力の根底にして本質が
連続性、連綿と連なる人生の縦糸の可視化にあり
表現も全てそこから生まれている、とは何度も書いてきた通りです。

ブログ一周年記念 声優・高垣彩陽論(総論) ※本気すぎ注意

つまるところ、彼女は存在自体が表現なのです。
1つのリアクションが次のアクションの根拠となり、厚みとなる。
またそのアクションが次のリアクションに繋がってゆく。
そうやって長さと太さを増していく彼女の人生という表現にとって、
役者という「表現する」立場を得た事は何よりの幸運・幸福であったでしょうし
それは僕のように人間という物語を愛する人にとっても、最大の幸運・幸福でありました。
こんな豊かな人間の物語を、身近に生まれる幸運を得なかった我々も享受する事ができる。
大袈裟でなく、その事を思うといつも泣きそうになるほどの感謝の念に包まれます。
これはきっと自惚れではなく、
受け手と送り手、それぞれが等しく望む表現として「あやひごろ」の発信もあるのです。

彼女の多すぎる言葉、長すぎる文章(人の事を言えたものではないですけどねw)…
それは全て、彼女自身が発信に満ち溢れている事を表していました。
高垣彩陽という150cm少々の小柄な身体には、
溢れださんほどに「表現」が詰まっているのです。
そのキャパシティに相応しい、もうこれで十分という程の環境はきっと生涯用意されないでしょう。
だからこそ、日々の発信を、表現を有り難く、できるだけつぶさに追うわけですが
その根とも言える表現が、休止してしまった。

「仕事とプライベートを分ける。」
言葉にすると、正論のように思えます。実際大部分においてそれは正しいのでしょう。
しかし、こと高垣彩陽という人においては、それは少し誤解を孕む表現と思っています。
繰り返してきたように、彼女の仕事への力、その根底はプライベート(これまでの人生)から成るのだから。
勿論、プライベートを過剰に根掘り葉掘りしたりする事を肯定するわけではありません。
しかし彼女が噛み砕き、消化し、そして発信したプライベートは
それはもう、彼女の表現。
仕事とプライベートは同じ人生の両輪、支え合う連理の枝のようなもの…
といった方が良いように思えます。
勿論その表現でも「輪」は異なるし、「枝」は異なるのだから
混同は良くない、とは思いますし
彼女を形成するプライベートすべてを知る権利なんて、僕らにはない。
というか、例え彼女の人生にとって最も近しい人であろうとも(家族・パートナー…)
彼女のプライベート・プライバシーは維持されて然るべきで
(それは覗く事のできない頭や心のすべて、という部分も含め)
そんな中、彩陽さんを筆頭に役者、特にラジオやブログやTwitterを行う声優さんは
これ以上ない程に、表現に諸々を注いでくれているわけです。
その事に感謝こそすれ、それ以上を望み
享受する側の分を踏み外すなんて事は、あってはならないと思います。
現在の幸福に麻痺してはいけない。
その事を、また「失って」気付かされる、言わされる事になるとは
本当に悲しい限りではありますが…その点でも
彼女にとっての、僕らにとっての最大幸福である「あやひごろ」が
暫くの間失われてしまうのは、本当に本当に、悲しむべき事です。

今私が生業とさせていただいている声優というお仕事は、生きる中での感情や感動、経験の全てが表現への糧となるお仕事です。

これからの私の人生にどんなことが待ち受けているかはわかりません。
人との…、土地との…、作品との…、様々な出会いや経験の中で、私も素敵なご縁に巡り会った時には、自分の心に正直に生きたいと思います。
そして私は、自分の全ての経験を、役の人生を生きる為の力としていきたいです。
声を尽くし心を尽くして、一人でも多くの方のお心を動かす仕事に情熱を注いでいきたい、という気持ちは、何があっても変わりません。

人生は一度きり。
自分は自分の人生を生きることしか出来ません。
それぞれの長さ、それぞれの環境、
日々の選択と行動の中で、変化して行く尊い一秒一秒。
そんな沢山の人生が、
作品を通じ音楽を通じて、たった一時でも交わる輝く瞬間。
もの創りに携わる一員として、そういう輝いた瞬間を、皆様と共に一秒でも多く共有して行きたいです。

ひとりの表現者として、
ひとりの人間として、
感謝の想いを胸に
大切な仲間と共にこれからも前進して参ります。


今回のブログは、いつもどおり
高垣彩陽という人間を良く表したものとなっています。
この姿勢を纏まった文字でも、ラジオでも、その中での突発的なフリに対してでも
全く共通して崩さないからこそ、彼女の人生という表現は輝きを失わないのですが
その中で最も熟考を重ねられる場所、整理を済ませた場所としてのブログの文面は
細かい表現1つ1つが、意図に満ち溢れていると言えるでしょう。

プライベートを完全に切り離すのではなく、それすらも表現にするという誓い。
「大切な仲間」という言葉を敢えて書き加える事の意味。
また、一時期恥ずかしさもあってか使用が控え気味になっていた
「表現者」という言葉の復活が意図する彼女の強い気持ちも見逃す事はできません。
彼女を読み込み初めてからおよそ3年半、相も変わらぬその姿勢の美しさには
胸打たれるばかりではありますが、そう感動した直後にまた
「それが暫く読めなくなる哀しさ」、それ以上に

誕生日の前日に、彼女にこんな負担をかける全てへの悔しさは増すばかりです。

彼女の周りくらい、もっと優しくあって良いと思うのだけど…
都合良い願いと知りつつ、それだけを願っているのだけど。
『たからもの』だって大震災の影響を受け、イベントが中止になりましたしね。
ただ、その結果としてイベント応募者に届けられた写真が
ある意味では、時を経るほどにイベント以上の価値を持つように。
この事が彼女の輝きを濁らせるだけでなく
新たな輝きの力となる事を祈るばかりであります。

彼女の尊い連続性が損なわれてしまった。
それはとても大きな事のように、僕には思われます。
とはいえ勿論、休止なんてふざけるな!という話ではありません。
シンプルな優先順位の話で、最も尊ぶべきは
高垣彩陽という表現者が健やかに「在る」事、その一点。
それに迫るような事態が、その次とも言えるほど重要な
彼女の連続性を損ねた、それだけの話なのでしょう。

週刊ミュージックレイン Web版

この真実の探求者気取りには、
それに意識的にせよ無意識にせよ踊らされた多数の人達も含め
特に言葉を尽くす気もありません。
Twitterでも一度
交際自体は真偽も不確かな上映像ソース量と断言の量に差がある典型的詐術である為保留するとして、写真集時期に連絡手段なしのブログ新設してまで盗撮を情報として晒すその一見非生産的な行動の目的が怖すぎますね。

と触れたきりですし、今回の悲劇(ブログ休止)がなければ
今後も全く触れる気はありませんでした。
僕の良識とプライドの範囲において、この反応は間違っていなかったと思いますし
同時に、いわゆる「まとめブログ」たちが拡散した恣意的な記事のタイトルによって
二次、三次レベルでこの話題に触れた人が、先述の「無自覚な」愚者に貶められた事を思えば
(タイトルに対して「そうだったのか〜」「いいじゃん」といった反応)
彼ら自身にも一定の反省と学習を促したいにせよ、
恣意的なベクトルをある程度の匿名性を維持したまま、己を前に出さぬままに形成する
まとめブログのゴシップ雑誌にも似た、それ以上の愚かさに頭痛も起きようものですが
それはまた別の話であります。

この世界から他愛もない愚者は悪意は消しようがないし、
その程度の事も判別できない人も、残念な事にこの世界には尽きない。
今回その結果として最愛のブログが休止してしまった。
気にするのはその一点ですし、本当にこの一件が始まっての一月ではじめて
叫びださんほどに、というかちょっと気を抜くと叫んでしまうくらいにダメージを受けています。
悪意に対しては「受けてやらない、傷ついてやらない」が最大の対処法。
それはわかっていますし、実際愚者には「残念な事にいる」という認識を抱くだけで
それ以上の感慨を抱く事はないものの、単純に最敬愛する人の表現の一翼が失われた、
その一点をしばらくは嘆く事になると思います。

ただ、一番大事なのは高垣彩陽。
高垣彩陽の身体と精神。
高垣彩陽の表現。
それは揺らぐ事がありません。
今回の記事で、意識的にこの呼び方を控えていたのですが
最後に少しだけ。

僕は「彩陽さん」の役者として、人としての人生を応援しています。
4年近く前に驚き、今も全くその思いが変わる事のない
彩陽さんの美しさが、穢れによって汚される事だけが恐ろしい。
また周囲の優しさの中で、より良い表現を身につけるべく
研鑽と継続の日々を歩まれる事を、切に願っております。
お誕生日おめでとうございます!
「あやひごろ」という名前は大切にしてください!
そして、日記を書くなりして個人の表現の継続性は保ってくれると嬉しいな、と。

※余談ですが、前述の通り僕は彼女のすべてを表現と、物語と思っているから
カラオケで歌う歌1つも自分で録音しておくと良いとすら思うんですよね…(笑)。
20年後発表できるかもしれないじゃん!

melodia
ミュージックレイン
2011-11-23
高垣彩陽

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しかしこれでますます他の表現の価値が増したわけで
11月23日発売のカバーミニアルバム『melodia』は
ますますもって、マストアイテムになったなあ。彼女の表現を見逃すな!ですよ。




10月26日追記
26歳からのお知らせ。
昨日の今日で、まさかのブログ記事更新!!
…とはいえ、ただ喜ぶわけにもいかず…
むしろ色々と気付かされる事の多い記事となっています。
まず、彩陽さんの誕生日の記事タイトルといえば
ブログ開設後、2008年の23歳以来ずっと「○○(年齢の数字)。」でした。
23歳の誕生日前日には「22。」というタイトルで
22歳へのケジメをつけていた程の徹底ぶりです。
しかし今回はそこに「お知らせ」がついています。
特別な理由がある時、或いはお知らせの場合、という
限定的な許可なのだろう、という裏事情が透けて見えるタイトルですが
この時点で、記事に書いた通り「連続性」即ち
これまでの記事「22。」「23。」「24。」「25。」に連なる
彼女の想いに溢れた「26。」を読む機会は失われているという事は
ブログ更新に喜んだ皆さんも、見逃して欲しくはない部分です。

ただ、そこは彩陽さん。
行数なのか、或いは内容から具体的なものを避けるよう指示されているのか…
(これまでなら「今日は仕事でしたが…」等と仰ってましたからね)
そんな短い中にも後半想いを載せている部分に、
「やはり彩陽さんにはそんな制限は似合わないな」と思いながらも
うれしさがないと言ったら嘘になる。そんな複雑な男心(?)なのでした。

今後も「お知らせ」は更新されるのでしょうか?
誕生日という「特別さ」ゆえでしょうか?
それならそれで、事務所の定める「特別」のラインは?
そして「当分の間」とはいつまでなのか?
いろいろ気になる部分は尽きませんし、しっかり追いかけたいとも思っています。
勿論、僕は彼女の物語に確信した当初(2008年)より
10年20年、或いはもっと長い単位で読み続ける物語である、と
確信している所がありますので…時間的な意味での
「我慢比べ」に負ける事はありえません。
しかし、本文記事にある通りで、彼女の表現の連続性を損ねるような状況は
一日も早く過ぎ去るに越した事はないですからね。
やはり、よりよい状況を祈念しながら日々ブログ詣でをするのでしょう。
最初の記事からのんびり読みなおしてゆくのも良いかもしれませんね。
最近彼女を知った方も、昔から名記事沢山ですよ!
読み直し、オススメします!


http://twitter.com/rui178 呟いております。
http://twilog.org/rui178 適当な単語で検索してみてください。

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一般ファンも声優を守る本気さはどんだけか!?と思ったりとか、その他いろいろ
なんか、「事務所は所属声優を守る気があるのか」なんて訳知り顔でいう人がいる。自分もこれまでの半月、いろいろ事務所の対応に言いたいことはあるけど、他の事務所が同じ目にあってもああいう対応しか取りようがなかったとは思う。まぁつまりミュージックレインも一般的に考えてまぁああするしかないわな、という程度には対応していたとは言える。それにしても、、自身の身から出だサビとか、責任というわけでもないのに対応に追われて、しかもいつも騒ぎを起こした側でなく起こされた側が対応のよしあしを外野からあれこれ言われるのは... ...続きを見る
きさらクラブ
2011/10/25 23:02

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内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。貴エントリに感激してトラックバックさせていただいたものです。

高垣さんの存在自体が表現そのもので、仕事現場の場面以外でも日々の生活を重ねていく事自体が表現を根拠付け、厚みを加えるというご意見にはなるほど!と思いました。よく、声優は本来裏方仕事のはずなんだから(?)、雑誌の取材記事やブログで仕事と関係ないプライベートや日常などについて語る必要性があるのか?なんていう人も未だにいますが、高垣さんに限らず声優はプライベートと仕事が不可分一体の人生自体が表現力の構成要素だから、一見芝居や歌の現場と関係ない何気ない私生活の一コマなどを語ることを通しても表現者としての生き様を伝えられるのでしょう。

だから、スフィアメンバーの交際疑惑でそんなに意気消沈したわけでもない自分も、4人がブログ更新を基本的に中止することを知った時は精神的に折れそうになり、脱力してしまいました。声優の事務所公認ブログは宣伝手段という側面もあるから、営業用にキャラつくりしてるかもしれないし、4人のプライベート全部をうかがい知れないにしても、日々のブログの直接仕事と関係ない他愛のない日常の出来事を読むだけでも演技や歌などへの姿勢へのこだわりなどが垣間見えて面白いし、アフレコやイベント・ライブの報告はそれこそ現場の臨場感が読者に伝わるものだと思っているので。だから毎日更新を楽しみにしていたのに、今回の事態でそれが当分休止とはね。4人とファンとの心理的距離は遠くなるし、日々の仕事の現場の臨場感がリアルタイムに伝わらないことで応援のモチベーションが下がるファンは多いでしょう。
きさら
2011/10/27 01:29
ルイさん、お久しぶりです。

前回のコメントに対する返信ありがとうございます。

スフィアクラブでのコントは楽しみにしているのですが、高垣彩陽の歌姫としての姿を多少なりとも知っているだけに、お笑い芸人みたいな目で見られるのは耐え難いものがなきしもあらずです(笑)。

例の件に関しては、竹達彩奈ファンの私にも対岸の火事ではありません。

恋愛経験を積み、役者としての技量の幅が拡がることは喜ばしいことです。

彼氏がいると大騒ぎしたり、写真集を何冊も買ったと自慢したりと、一部の声優ファン?による気持ち悪い行動が目に余ります。

この件は完全スルーが正しい対応だと思いますので、気にせずにこれまで通り応援していきたいです。

ゆうてい
2011/11/24 00:28
>きさらさん
コメントに気付かず失礼致しました!
トラックバック拝見させていただきました、ありがとうございます。
仰る通り、ブログという表現形態が現在の「アイドル未満スタア以上」といいますか…
等身大の応援対象、というものに対して持つ力は本当に大きいと思います。
現在もブログ更新自体はなされているものの、以前のそれとは全くの別物。
特に最近ファンになったばかりという人や、新たにファンになろうという人に対し
敷居を高めてしまう面は否定しようもないので、いかに独り言やラジオがあるとは言えど
なんとか良いタイミングで、元の形に戻る事を願っています。
さしあたっては来年の年明けとかどうかなーと(ミューレにチラッw)

>ゆうていさん
コメントありがとうございますー。
彼女の価値が小さく捉えられる事を最も恐れていますので
スフィアクラブの彼女は好ましく思っていますね
…顔芸顔芸言われても(笑)。
作り手もそのあたりの事は考えてくれているようで、歌パートのシリアスな表情によって
多面性を狙っているのでしょう。
この観点からいくと、寧ろ問題なのはコントパートより歌パート。
別録りだったり1番だけだったりと、コントの身体の張りぶりに応えられるほどには
カウンターとして機能しきっていない面があるんですよね…。
4人とも、1度ソロの歌パートを与えてあげられればいいのにな、と思います。

ファンとしての応援の形は様々ですし
その中には、恋愛の比重が大きい人もいる事はいるのでしょう。
とはいえ、「何を」応援するのか、という部分ですね。
そこをしっかり押さえておく事が大切なのだと思います。
ルイ
2011/11/24 05:11

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