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zoom RSS トラバ記事for『祈り。』〜川上とも子さんの訃報に寄せて〜

<<   作成日時 : 2011/06/11 10:06   >>

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声優の川上とも子さんが亡くなられました。
声優・高垣彩陽応援ブログながら
最近、トラックバック用の記事というものは控えていたのですが
今回はそのまま、その事に触れた
彩陽さんの記事に対する、トラックバック用の記事です。

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どんなに名演やヒット作があっても、やはり川上とも子は「天上ウテナ」だ。
やはり川上とも子といえば天上ウテナ。観鈴があろうが、アテナがあろうが、アイちゃんがあろうが、シュガーがあろうが、エミリーがあろうが、シンディがあろうが、マリコがあろうが、さつきがあろうが、ミトがあろうが…って、ぼくの売上無視の「質による代表作」基準でも、挙がるものが多すぎるなあ…(Twitter)


正直、今回はこたえました。
涙もボロボロ出てきてしまった。今も『少女革命ウテナ』をはじめ
彼女の演技を耳にすると、かなり心が揺れてしまいます。
人の死に対する捉え方は、以前郷里大輔さんが亡くなった時の記事
トラバ記事for『思い出。』で書いた通り。
あれは生き方の宣言ですから、数年で簡単には変わりません。
人は必ず死ぬし、今もどこかで誰かが死んでいる。
でもそんな中で、強い思いいれや、
直接接した思い出がある人の死は、自分の心に強く残る。
人の命は平等(に価値がある或いは無価値)という基本を踏まえても
個々の心に刻まれる命は、平等ではない。
だから…言葉にするのが難しいな。
その人の死を大きく受け止められる、その人から貰ったもの
或いはその人との日々に、感謝する。
そうやって人生はその彩りを増していく。

例えばニュースで「○○さんが死亡」と言われた時
人が死ぬことそれ自体への哀悼の意は持ちつつも
(誰か、それを悲しむ人はいるわけですからね)
その人の死を、特別悲しめない自分、というものが
悲しかったりもする。
それはこれまでの人生で、一方的にせよそうでないにせよ、
その人との縁を築けなかったという事だから。
その意味では、死を心から悲しめる、というのは
人生において、その人との縁故を、思い出を
ある一定にまで築きあげた人だけに与えられた
特権で、達成とも言える。
だから、その権利を、その日々を与えられたことが嬉しい。
その出会いに感謝したくなる。


ただ同時に、その記事でこうも書きました。
10代の頃から、レコード世代の音楽になじんできたので
自分が本当にときめいたり、刺激を受けたアーティストを
検索してみたら、その人がもう故人であったり
或いは、2000年代に入りどんどんと亡くなったり
…という事は既に経験していて、多分通常の
「自分の世代に合った趣味を持っている人」よりは
先に、こういった「自分の番が近づいてくる感覚」というのかな、
時代は流れる…といったものを、感じてきたのですが

今回は、それらとは異なる感覚です。なかなか綺麗には纏められない。
僕は川上とも子さんのデビュー作だって観ていたし、
彼女の初主演作にして大出世作、同時に1990年代を代表する大傑作
『少女革命ウテナ』だって毎週火曜の夕方、楽しみに学校から帰宅していた。
普段アニメを観ない姉も珍しく『ウテナ』は好きで、
2人でかぶりついて観ていた記憶もあるのです。

Twitterで自己分析してみたのですが
川上とも子さんの訃報がまだ大ショック。自己分析すると、80年代生まれのぼくは90年代半ばからスタッフ込みでアニメを観るようになったので、川上さんや桑島さんは「リアルタイムアニメ史」で頭から把握している最初の世代なのでした。初の「最初から最後まで追った声優」だからショックが大きい。
posted at 07:27:52

おそらく、こういう事なのですよね。
僕にとって心の底から応援する声優さんは
高垣彩陽にはじまり、彼女並みの存在が出てこない限り高垣彩陽で終わる。
それは確かながら、アニメーションを創り上げるスタッフ・表現者としての
「声優」への意識は、1995年あたりから持っていて
そう、この頃ちょうど『こだわり声優事典’97』という本を買っていたのですよ。
画像

ぼくにとって、高垣彩陽以前の声優さんは本当に「表現者」でしかなく
その後も、彼女を知るまで
声優さんの公式サイトやブログを見た事も、
ネットラジオを聴いたりした事もなかった。
つまり純粋に「声優という作品を形成するパーツについての情報」を求めて買ったわけです。

そんな僕にとって、『機動戦艦ナデシコ』でデビューした桑島法子さんや
『天空のエスカフローネ』で名を上げた坂本真綾さん、
そして『少女革命ウテナ』の川上とも子さんらは
後追いではなくリアルタイムに情報として掴んだ「最初から知る声優さん」なのでした。
リアルタイムに、たくさんの作品を追い
リアルタイムに、それらの作品の芝居を頭の中に蓄積し、横に繋げていった。
作品をより深く多様に愉しむ為に、作品に関する知識もまた必要となってくるものですが
知識の声優サイドで、後追いがない分「確信を持って語れる」それが上記の面々なのでした。

そんな川上とも子さんが、お亡くなりになってしまった。
声優としてのデビュー時期からリアルタイムで観ているだけに、迷いなく語れると。
確かにそれはそうなのですが、まさか「終わりまで観た」事によって
迷いのなさが、こんな悲しい形で深まってしまうとは想像だにしていませんでした。
彼女は、僕にとって
「その表現を、リアルタイムで最初から最後まで見届けた、はじめての声優さん」になりました。
ぼくはやっぱり、タイプとして「声優ファン」ではないので
もっと深いレベルで、長いスパンで追うのは彩陽さんただ一人になるとは思いますが
表現者としてはじまりから終わりまでチェックをした事実は確か。
悲しい、とにかく悲しい。
そしてその先にようやく、最初に引用した記事の通り
「悲しめて嬉しい」に到達するのだと思いますが…今はただ悲しいです。

『少女革命ウテナ』大大大好きでした。
その前に、『機動戦艦ナデシコ』からの繋がりで
文化放送の深夜ラジオ『ZMAPのLIPS FACTORY』も聴いていました。
じつはハガキが読まれた事もあります。
大月俊倫プロデューサーを中心に
置鮎龍太郎さん、真殿光昭さん、伊藤健太郎さん、南央美さん、そして川上とも子さんによる
酒飲みながらのグダグダ極まる駄目ラジオが大好きでした。
その後も、沢山の傑作を愉しませてもらいました。
売上以上に、優れた作品に出る「運(縁)」を持っていた方だと思います。
特に『エルフェンリート』マリコの芝居は本当に素晴らしかった。
ありがとうございました。
図らずも、僕の10代から20代にかけての「青春の幻影」になった川上とも子さん。
勝手な位置づけながら、感謝とともにご冥福をお祈りいたします。

祈り。
マイク前では快活なバシンママ、休憩時間には笑顔で明るくお話をして下さった川上さん。
私がご一緒させていただけたのは短い期間でしたが、
現場にいらっしゃれば笑顔でいて下さったこと、
かけていただいた優しい言葉を忘れません。

心より心より、お祈り致します。

ここからは…郷里大輔さんの時ほど「高垣彩陽さん視点」では考えられないのですが…
声優・高垣彩陽さんを応援するブログとして、彼女と川上とも子さんについても少し。
郷里大輔さんの時にも書いた通り、彩陽さんは
「素晴らしい人達に出会っている事」を自慢できる事にした人。
それは謙遜でもなんでもなく、本当にそうなのだと思います。
大ヒット作に関わるのも、役者としては直接的な幸福に繋がっていくけれど
彼女は本当に、人の縁というものに関して恵まれている。
それは人生という物語をより豊かにしていく、人間性に対する蓄積の幸福です。

彩陽さんは現在25歳。
この年代で、郷里さんと、また川上とも子さんと
同じ現場でマイクを並べられた声優さんが、どれほどいるのでしょうか?
デビューが早かったわけでもない彼女の、2006年から2008年にかけての
「最初の3年間」は、その観点からすれば幸福の一語に尽きる。
現在のヒット作に「大人がいない」ようなものが増え
若い声優しかいないような作品が増えた事を考えれば、なおの事です。
彼女と同世代、またそれより下の世代となると
そのあたりの「幸福」は、極端に薄れていっている。
声優文化的に言えば、彼女たちは「不幸」です。
彩陽さんはギリギリの、最後の「声優文化の架け橋」世代であるし
その役割を任せられるに相応しい、先人を敬い学ぶ意識を持っている。

※だから僕は、いつも彼女の企画(雑誌企画でも、ラジオ企画でも)は
「対談・インタビュー企画(主にベテランとの)」がいい、と何年も言っているのです。
その機会を糧に、彼女に更に成長して貰いたいのです。

この幸福は誇っていいし、誇らないといけないし、
力にして欲しいし、力にしなければいけない。
まあ、それができる人だからこそ応援しているのですけどね。
自分の人生の道筋を大切にする人が、
そこに関わった他者を大切にしない訳がないのです。

また、個人的には川上とも子さんと高垣彩陽さんには
それなりに近いものも感じています。
演劇部、ドジっ子などの記号においてもそうだけれど
その人柄に対する他人の評価などが…
また、感覚的なものに限らず実は役としての地続きの縁もあって
『あそびにいくヨ!』の作者、神野オキナ先生が
Twitterで彩陽さんの名前を持ち出して呟いています。

川上とも子さん、亡くなったのか……「ミトの大冒険」が大好きで、あの元気でリズムあふれるキャラクターをイメージして、初期の「あそびにいくヨ!」のチャイカといちかを書いておりました。

「もしも」あそびにいくヨ!の第二期があったら、絶対「いちかマージャン」をやってもらって、当代いちかの高垣さん、先代いちかの川上さんの掛け合いを聞きたいと願ってましたが。残念です。 #asoiku#asobiniikuyo

実際に「縁」はあるのです。
そういえば、某ニコニコ動画で
最初に彩陽さんの歌唱を纏めたダイジェスト動画が貼られた時も、
『キグルミ惑星』のオペラパートになった瞬間
画像が『ARIA』のアテナさん(演じていたのは川上さん)になる、という事もありました。

それらの縁を深く抱きしめながら、その幸福と悲しみを受け止めて
もっともっと、役者として成長して欲しい。
そして、それをいつか後輩たちにプレゼントしてあげて欲しい。
それが声優という文化を使った、川上さんら目上の人への恩返しでしょうし
この悲報の数日前に、彼女自身が素晴らしい記事で書かれていたことにも繋がる。
初心。
大好きで心から尊敬する人たちの年齢に私が追いついてしまった時…
自分がなりたい自分に近付けてるのか、
そして、常に先を行く憧れの背中を見つめながら、
私はまたその背中の年齢に追いつく準備を毎日毎日するのです。
果てがないけど、楽しい。
再会を喜べる人が増えて行くのも幸せのひとつですね。

逆説的に言うなら「再会を喜ぶ」のは
「再会できない人がいる」からです。
こうやって、世界の芳醇さ、その美しい輪郭に人は触れてゆく。
シングルCD『たからもの』が、大震災によって特別な意味性を持ったけれど
数年前から、彩陽さんは幸福一面の場所でもいつか訪れる不幸を語っていたように。
彼女の魂の方向は、世界を正しく捉える方向に
本人も理解しないままにいつもしっかり向いているから、何が起こっても
とってつけではなく、それまでの彼女のあり方が
言葉や姿勢に力を与えていきます。
今回も、表現者としての高垣彩陽の活力になる事を願っております。
相手に失礼どころか、それこそが人と人が接する縁の証明になると思いますから。




とはいえ、最後は川上とも子さんに戻って…RIP。
『少女革命ウテナ』のセガサターン版ゲームにOP主題歌があり
(勿論発売日に買いましたよ!大河内一楼さんの悪趣味な脚本が光る!w)
その歌「鳳学園校歌」を川上とも子さんも歌われているのですが


めくるめく昼と夜も 記憶の波 止めること叶わず
時は過ぎて 幕は閉じるもの 時満つまで 思い出綴ろう
いざや 此処に集い 学園の日々 我らと共に
さあ歌え 悲しみさえ輝くもの 世界の果て


この歌詞を彼女の声で聴くたびに、涙がこぼれてきてしまいます。
思い出は綴りました。悲しみは輝くでしょうか。
素晴らしい作品と表現に、再びの感謝を。
ウテナの最後のように、「離れ離れになっても」
残った「沢山のアンシー達」は、強く門の外に出ていかなければいけませんね。
それがウテナを生かす(活かす)事なのだと信じて。


http://twitter.com/rui178 呟いております。http://twilog.org/rui178 適当な単語で検索してみてください。

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内 容 ニックネーム/日時
彩陽は侮辱する奴じゃないぜ。
fff
2011/11/20 18:34

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