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zoom RSS 『劇場版機動戦士ガンダム00』グラハム・エーカーと沙慈・クロスロードが見せた「戦場の花」

<<   作成日時 : 2010/10/01 09:24   >>

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賛否両論を巻き起こしながら
「話題にならないよりはずっといい」を地で行く
『劇場版 機動戦士ガンダム00
 -A wakening of the Trailblazer-』

今回はネタバレを普通に行う、個別キャラクター語りです。
劇場版ガンダム00を観て鮮烈な印象を受けたキャラクター達、
とりわけグラハム・エーカー、沙慈・クロスロードの話をしましょう。

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16:27 良いものを観たなあとじんわりと思いつつ。好きなのはデカルト・シャーマンとグラハム・エーカーとロックオン・ストラトス、サジも良かった。刹那が芽吹かせた花の種はグラハムとサジ、2人ともいい目をしていた #g_00


舞台挨拶の日の午後にtwitterで呟いていた通り、
グラハムと沙慈は僕に鮮烈な印象を残しました。
一方「取り扱い注意」といいますか、
一言で「グラハム良かった」という事に、危険を感じてもいます。
同じこの言葉を吐く人にも、大きく2種類に分かれると思っていて、
その一方でありたい、もう一方と思われたくないと強く思っている。
それはどのような区別でしょうか?
細かくは色々ある中で、敢えて極端な分け方をしましょう。

「グラハムらしくて良かった」と言いたいのではなく
「グラハムらしからぬ所が良かった」というのが、
僕の属したい「グラハム良かった」のゾーンです。

先にご存知の通り物語上の結末を言いますと、
グラハム・エーカーは地球連邦軍の試作機舞台
「ソルブレイヴズ」隊長として、ソレスタルビーイングを助け
異星体ELSとの最終決戦において、遅れて登場してきた
刹那の駆るガンダム、ダブルオークアンタを援護。

※余談ですが、名前が長くなるからとはいえ
他のマイスター達には「ガンダムサバーニャ」
「ガンダムハルート」「ラファエルガンダム」という名称があるのに
刹那の機体は「ダブルオークアンタ」であり、
見た目それ自体は勿論ガンダムながら、
ガンダムと表立って銘打たない所に
刹那の初期の代名詞「俺がガンダムだ」からの解放を見たいですね。

対話を求め、ELSの中核を目指す刹那の為に奮闘、
最終的には中核に到達する為の文字通りの「血路」を開き
…つまりは、半ば自爆の形で閉ざされた壁に風穴を明け、
刹那を中核へと導きます。

この明快すぎる自己犠牲的結末が、
ある意味で逆にグラハム・エーカーを語りづらくしている。
まさにこれこそがブシドー、これこそがグラハムですね
やっぱりグラハムはグラハムだったね
ーでは、困るのです。
僕は、それはグラハムの捉え違いだと思っています。

グラハムは、かつてのグラハムから、
またミスター・ブシドーと名乗っていた時から大きく変わった。
変えたのは勿論、刹那・F・セイエイです。

元々が軍人としてまっすぐな気骨を持つ男ではあったでしょう。
守る心、仲間想いの心自体はグラハム・エーカーの中にずっとある。
しかしガンダムに心奪われたという事実そのものが示しているように、
彼の中にはそれこそ「ロシアの荒熊」こと故・セルゲイ・スミルノフのような
そしてその息子アンドレイが到達したような、
民を守る軍人、という自分の中の確固たる信念は表向きにしかなく、
その本質はエリート意識からくる執着、プライドにあった。

ガンダム00の1期ラスト、グランドストーリーとしての最終決戦が終わった後
疲労困憊のエクシアに突如襲いかかるグラハム、という図式は
「空気を読まない」などの意味で、半ばネタ化されていますが
それは同時に、真面目にグラハムの「世界などどうでもいい」を
そのまま表現していたわけです。

その時の刹那の叫び「貴様だって世界の一部だろうに!」。
グラハムにとってのセカンドシーズンは、
その事実を再度突きつけられるものだったと思います。
死に場所をただ探し、決闘を挑み続けるワンマンアーミー、ミスター・ブシドーは
「かっこいいが、何もない」。
その戦いの先に何もない事を看破した刹那が彼にとどめを刺さず、
生きて世界に関わる事を提示した時、ミスター・ブシドーは
その仮面を脱ぎ、グラハム・エーカーに…いや
「真グラハム・エーカー」にでもなったのだと思います。
真は若干ギャグですが、少なくとも1周して別のグラハムになったのだ、とは言える。

元々の芝居がかった台詞回しなどは、最初から最後まで一貫していますから
確かにその事を指して
「グラハムはグラハムだった」というのは、その通りなのですけどね。
ただ、その可能性があると踏まえた上でも、僕はその発言による誤解を恐れます。
劇場版のグラハムは、何よりも生き残る事を考える男になっていた。
その点が、これまでのグラハムとは180度異なる。

劇場版を録音したりしているわけではないので
ここからは細部はうろ覚えであり、異なる事を断った上で書きますが

※2度観て修正したので、精度UP!

ELSが地球に近づいてきた時、グラハムは
自らの率いるソルブレイヴズ隊員にこう宣言します。

「諸君らの命を賭けてもらう事になる。
だが、敢えて言おう…死ぬなよ!」

激戦の最中、隊員が命を落とした時も
「敢えて言ったはずだ!」と叫び激昂する。
演出的にも、この念押しによって
「今回のグラハム」の差別化はしっかり行われています。

ELSとの戦いは厳しい戦いに…というより、
基本人類の負け戦として描かれていくし
その戦況自体は開戦前から予期しており、
アンドレイに言わせれば戦力差は1万対1。
グラハム自身「命を賭ける」と明確に口にしている。
命をBETすれば、当然落とす事もある。
ただそれは、心から「生きる」という意思の元起こりうる事であって
先の隊員への叫びも「まだお前ならやれたはずだ!」
という、隊長としての能力把握からくる叫びだったのだと推察します。
つまりグラハム判定では、まだそこは「諦める際」ではなかった。

最初に触れた通り、結果としてグラハムは自爆する。
その時のグラハムの叫びは、
「これは死ではない!人類が生きる為の…!」。
「死ではない」は彼一流の言い回しとしても、
グラハム・エーカーがこの劇場版で、終始一貫して
死ぬ事を忌避してきた事は明らかです。
死を疎み、死を拒否し続けてきたグラハムが、命を使って血路を開く。
この行為の美しさを、「これまでのグラハム・エーカー」とつなげすぎる事は
ともすれば、かつてのグラハムでもこの選択を行えたような…
そんな誤解を生むと思うのです。
まあ、そんなグラハムならそもそもこの、
刹那を助ける最後の場まで達する事もできなかったでしょうけどね。

生きる事を徹底して選択し続けた男が、最後に選んだ自爆は
決して死の美学のようなものに彩られたものではない。
単に人類が、自分が生きる最善を模索し続けた結果
刹那というイノベーター以外ではたどり着けなかった、その最前線において
彼の選択が「それしかなかった」というだけ。
単なる、是非のない選択です。

その、全力で生き残ろうとし、
全力でその身を投げ出してみせたグラハムの死を
その生存への意思を軽視し、単純な「自己犠牲英雄史観」で語る事は
彼におおいに失礼になるのではないか、と案じています。
グラハムの在り方は、事象だけを観れば、まさに所謂
「カミカゼ」そのものなのですが、そうではない…

いや、欧米に刻み込まれた、或いは日本人にも残る
一部の「カミカゼ観」と異なるだけで
本来的に神風特攻隊すらこのグラハムだった、
という解釈が正しいかもしれません。

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僕はまだ未読ながら、この本をお勧めしてくれた人が
大層頭のいい人で、その人の話を聞く限りは
おそらくはそういう事なのでしょう。
最近ではアニメ『HEROMAN』でも
主人公ジョーイがヒーローであることは勿論としても、
ある面で「失敗者」である彼の父親がヒーローか?という問題は
おおいにこの話題にリンクしている。

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生きる為に戦い、是非もなくなった時に
優先順位が自然と、そしてしっかりと定まっているからこそ
「死ではない、人類が生きるための」…グラハムに言わせればそうなる、
死んでしまう選択を整然と、迷いなく選べる。
その、「一巡した特攻観」を僕はグラハムに与えたいし、
グラハムはそう語られるべき英雄だった、と思っているのです。
…これくらい細かく書けば、誤解も避けられるでしょうか。

もう一度纏めますと、
僕は本作のグラハム・エーカーを「英雄」だと思っていますが
それは単に、彼自身の最後が
「英雄的行為」だったから言うのでは、決してなく。
彼がそのような「安易な英雄的行為」を忌避し続けた結果
是非もなく選んだ行為だからこそ、彼を英雄だと思うのです。

同様のキャラクターが沙慈・クロスロードでしょう。
本作では導入時に、存在感の微妙さをネタ的に扱われ
最終決戦時も、早々にフェードアウトしている沙慈。
けれど、僕は彼がグラハムと対の、というよりは
グラハムと並ぶ存在だと思っています。

セカンドシーズン時、ダブルオーライザーに搭乗した沙慈ですが
それはあくまでルイスに会う目的として。
基本、モビルスーツに乗る事はないし
だからこそ劇場版の冒頭で、
スーパーロボット的に脚色されていた
融和娯楽映画?「ソレスタルビーイング」においても
沙慈はマイスターとして搭乗する事はなかった(当然ながら)。

つまり、沙慈は徹底的に最前線の、ビーム飛び交う戦場とは
無縁の存在として描かれています。
でも、彼は彼なりに、彼の戦場を戦っている。
例えば、ELSが脳量子波の強い人間を求め
病院にいるルイスを襲った時、彼女を守ろうとする沙慈は
最終的には、刹那が助けに入らなければ
ルイスを奪われていたでしょう。
ただ、一つ視点を変えてみれば
「沙慈が頑張らなければ、刹那が来る前に終わっていた」。
この時、沙慈は迷いなくルイスを守る為最善の行為を取っており
そこに瑕疵はない以上、そちらの視点が正しいと思います。

そしてルイスが脳量子波遮断の施設で保護される時、
そばにいて彼女を守る、という選択肢もある中
沙慈は宇宙に出る事を選ぶ。
勿論それは、戦火飛び交う最前線ではない。
けれど、脳量子波遮断シェルターと
地球に接近してきたELSとの最終決戦近づく宇宙では、
安全度に雲泥の差があるのもまた事実でしょう。
沙慈は、軌道エレベーター関連の技師として
彼にできる最善の行動を選択し、それを選んだ。
勿論そこに、「例え死んでも」という考えはなく
ルイスがそう願ったように、「無事で帰ってくる」事の選択として。

グラハムと沙慈を隔てたのは「結果」に過ぎない、と思います。
2人とも自分のできる範囲で、生き残る為に、最善の行動をとった。
その結果、例えば軌道エレベーターを自爆させなければダメだ、となったなら
そしてそれを行えるのが自分だけだというなら、
沙慈もまた、ルイスに侘びながらそれを成したでしょう。
能力等により、立った場所は異なっても
2人とも、まさに世界の一員としての選択を行った。
ルイスから離れ宇宙に赴く時、誇張表現抜きで
僕は沙慈の顔が刹那ばりに格好良く見えました。
セカンドシーズンの成長以来、基本的に馬面で(笑)
のっぺりした印象の強い沙慈なのですが、本当に心から
僕には彼がかっこよくみえた。
それは単なるアニメーターの技量問題、ではないと思います。

そんなグラハムと沙慈を創り上げたのは何か?誰か?
様々な要因があるでしょう。しかし一番大きいのは
「刹那・F・セイエイ」その人である事に疑いはありません。
だからこそ僕はtwitterで「刹那が芽吹かせた花の種」と書きました。

『ガンダム00』という作品において、
大きなテーマを担っていった「花」。
様々なシーンで描かれ、マリナ・イスマイール、
フェルト・グレイスといった手を経て刹那に刻まれた花は
劇場版の結末では、ELSと対話をしえた証としての
「宇宙に咲く花」として結実します。

元々が、「自分には破壊する事しかできない、何も生み出せない」
という刹那の砂漠に象徴される心象風景に対し
「砂漠でも咲く花がある」として提示されたのが、あの黄色い花。
少し調べた所、「レイカルディア・ティンギタナ」という花ではないかと考えておりますが
砂漠でも育つこの花は、マリナの当初の意思がひょっとしたら
「戦場に彩られた人生の中にも、美しいものはある」
程度のものだったにせよ、
その思惑を遥かに超え、作品テーマ
「争いの中でも生み出せるもの」を象徴していった。

文字通り、ファーストシーズン、セカンドシーズンと
立場は敵、パートナーと異なるとは言え
戦う事で刹那が関わったグラハム、沙慈。
彼らを「花」と表現する事に、少しの違和感はあります。
争いの後に生まれた融和なり、それこそが「花」ではないかと。
ただしかし、映画の文字通りラストシーンで
刹那とマリナの、ファーストシーズンからずっと見えていた
「同じ方向を向きながら、まるで正反対」の道のりは
最高の結末を、この会話で迎えている。

刹那「君が正しかった」
マリナ「あなたも間違っていなかった」
刹那「俺たちは」マリナ「私たちは」
2人「わかりあう事ができた」

最終的に刹那の辿りついたゴールは、まさにマリナと同じだった。
けれど、ではダブルオークアンタの武装が実際の「派手な武装はない」
レベルに留まらず、超理想的な非武装ガンダムだった場合
ダブルオークアンタは、ELSの中核には到達できなかった=対話できなかった。
それはダブルオークアンタに限らず、地球連邦、ソレスタルビーイング
各々の軍事的なギリギリまでの頑張りがもたらした結果でしたし
そもそもの話、マリナも冒頭のシーンで派閥争いに巻き込まれ
ロックオンと刹那が助けなかった場合、命を落としていた可能性が高い。
つまりその矛盾こそ答えなのでしょうが
ゴールがマリナの徹底した「非暴力」の世界だったとしても
そこに辿りつくまでに、刹那の選択も決して欠かせるものではなかった。
それが2人の結論に出ています。

ならば、マリナが「間違ってなかった」ということ、つまりは
刹那の「争いの中でも生み出せるものはある」思想は
グラハムのような軍人にも、
沙慈のような民間人にも適用できるものではないでしょうか。
刹那が彼らを再誕させられなければ、そもそもこの結末に至らなかった。
その意味で、僕は彼らを花と呼びたいのです。

…グラハム、頭黄色いし(台無しだ!)

10月2日、もう一度劇場版を観ようと思っています。
初見時にかなり全力で鑑賞したので、特別取りこぼしはないと思いますが
もっと個別の心情に寄り添う形で観てみるつもり。
皆さんも、この記事の視点なり、様々な視点でもって
未見なら勿論、観た方も再び観てみるのも良いのではないでしょうか。
それくらいの作品だ、と思っていますから。

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小説版なんて出ていたのか…読んでみようかな。

10月5日追記
10月2日に2度目の鑑賞をしてきたので、
一部セリフを訂正しました。
2度目の鑑賞は、気になるセリフを覚える事と
それ以上に、1度目は「情報」を重視して観た為
感情的に観る事に意識を多く傾けました。
結果、終盤4度くらい泣いた(笑)。
人が死んだから泣く、という単純な話でもなくて…
沙慈の軌道エレベーターのシーンであるとか、
クリス・リヒティを観た時の刹那のえもいわれぬ笑顔であるとか。
ロックオンは最初は登場していなかったのだから、
彼らを観て刹那はあれほどの微笑を浮かべたのだ、と思うと
1期で消えたクルーながら、やはり刹那にとって
CBは、2期でユニフォームを作成するその以前から
「家族」だったのだな、と。
フェルトと刹那の共振する部分も、基本はそこでしょう。

ちなみに、入場時貰ったストーリーカードは
画像

フェルト。
やったぜ、33%くらいの確率じゃものともしない俺!
フォルテ!!
そしてそして劇場版『ガンダムOO』週替わりの入場者プレゼント!
明日から劇場で、アレルヤ、ティエリア、フェルトのストーリーカードの配布が始まります!
黒田さん書き下ろし!
配布枚数が限られているのでお早めに!
詳細や対象の劇場はホームページでご確認下さい!

ちなみに、10月2日に観に行こう、と人を誘ったのは
このカードが10月2日から配布で
もし自分が外したとしても、相手がフェルトカードで
トレードしてくれるかも、と考えたから!
…相手には一言も言ってませんが!(笑)

そうそう、グラハムと刹那の関係という事で言えば
僕は1度目の鑑賞をする前に、twitterで
「グラハムは刹那の成長を認め、刹那の事を
少年、ではなく青年、と呼んで欲しい」
という旨の呟きをしました。
実際は、グラハムの対刹那は「少年」に固定され
一方で、刹那のグラハムに対する呼称も「あの男」(笑)。
ここに、「青年と呼んであげて」「名前覚えてあげて」と
一種の虚しさを覚える気持ちはある。
しかし捉え方を変えてみれば、
呼び名は変わっていないのに、内実は大きく変化した…
そういった効果があるようにも思います。
「少年」と「刹那」は、そのままで互いを認め合った事でしょう。
つくづく、自分も言葉に縛られた生き物だなぁ…と思った次第。




http://twitter.com/rui178 
真面目に纏めておけばいいのに、グラハムの頭は黄色いから
黄色い花、とか言い出してしまう困ったさんが呟いています。
気軽にフォローしてください。

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木村暢『劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-...
「死ぬなよ」(グラハム・エーカー) ...続きを見る
サブカル・カムカム
2010/10/23 13:03

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