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zoom RSS 『劇場版機動戦士ガンダム00』+追加舞台挨拶(ネタバレ配慮版)

<<   作成日時 : 2010/09/26 02:21   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 1 / コメント 0

25日、有楽町の丸の内ピカデリーで
『劇場版 機動戦士ガンダム00
 -A wakening of the Trailblazer-』
を鑑賞してきました。
ネタバレに一定の配慮をしつつ、モヤっとした感想を(笑)。
上映後には追加舞台挨拶もあり、
確かにそれが目当てではあったものの、
作品それ自体に色々感じる所がありました。
舞台挨拶の事を率先して語ろうという気分にはならないし、
出演者もそれで許してくれるんじゃないか、と思っています。

画像


まず、鑑賞後のtwitter呟き。
結局00とは「愚直」。最も理想主義的なガンダムとして、ガンダム史30年の中の「ある面の最上位」を担う痛快さ。最も夢見がち、最もガンダムコンテンツに囚われず、それでいて最もガンダムを意識したガンダムが00。優れた劇場版で落とし前はつき、ガンダム00は「残った」と思う #g_00

企画段階でこちらの可能性があったというのは興味深い。その場合は既存のガンダムを全て情報圧縮に利用し、初手からその先を描こうという尖った作品になっただろう。ただ結果として50話というプロセスを経た事で、この物語には実感が乗り地続きの主張になった。最高の結果オーライ。 #g_00


ガンダム00は、ガンダムから「わかりあう」というテーマを抽出し
テレビから映画まで、まっすぐに突っ走った作品と言えると思います。
劇場版を見た時、その余りのスケールの違いや
単純に「人対人」の問題からシフトした事で、
戸惑う人もいたとは思います。
ただ、僕にはどう見ても「超」がつくほどの地続き作品に思えた。

パンフレットには水島監督と脚本の黒田洋介さんへのインタビューがあり
そこで、水島監督は「初期構想のうちの1つだった」という話をしています。
企画当初の「ガンダムから一番遠い」アイデアとしての
「ガンダムが宇宙怪獣と戦う」。

個人的にはこの感覚は納得がいく。
30年描かれ続け、直近の『SEED』では
まさに「人はなかなかわかりあえない」というテーマをすべく
大量のキャラクターによる、ドロドロの人物劇を繰り広げたわけです。
その次、と考えた時、
いっそ振りきれてしまおうというのはある意味自然とも思う。

ただ、直接そこに踏み込むと、おそらくそれは
『マクロス』になるというか…ガンダムとしての踏み込み、
ガンダムの資産としての「人と人のすれ違い」などを
作品エネルギーとして活かせるかは、かなり微妙だったでしょう。
上の呟きにある通り、それは
「既存のガンダムを全て情報圧縮に使うスタンス」になったと思う。
人と人はなかなかわかりあえない、けれどきっとわかりあえる…
大雑把に言うと、このテーマを「ガンダムと名のついた先輩たち」に全て任せ
00はその先ですよ、と、
テレビ版から、今回の劇場版のような方向に踏み込んだなら?
とても前衛的なガンダム、とは呼ばれたでしょう。
ただ一方で、とても不実なガンダム、と呼ばれたかもしれません。
資産に何一つ寄与せず、ただ利用して踏み越えるのだから
(まあ、それも選択ですが)。

結果的に、ガンダム00という作品は
「ガンダムから一番遠い」所にはいかなかった。
戦争根絶という夢想を掲げながら、現実にしていく上での
人と人の軋轢を描く、そういう意味では
これまでのガンダムの眷属に連なる真っ当な作品になりましたし
「腐女子向き」であるとか、
「安直な展開」だのと揶揄されながらも
とても素直に、馬鹿正直に、愚直に、ガンダムを描くガンダムになった。

しかしその結果として、同じ「ガンダムから一番遠い」アイデアを選ぶと
それが「ガンダムから遠くならない」事になると気付いたのでしょう。
既存のガンダムたちに任せず、自分たちで2年3年という手間をかけ
「ガンダムの情報」をイチから構築した結果、

※それが、「西暦」で始めたという作品の選択に現れています。
 宇宙世紀という情報圧縮すらよしとしなかったのだから。
 水島監督は「自分はガンダムにあまり詳しくないから」的な事を
 以前どこかで仰っていましたが、
 僕は本音と同時に彼の韜晦を感じる部分です。

自然とそれが、ゆきつく先、必然としての
「わかりあう対象の、異星体へのシフト」になった。

何故ガンダムに「人と人」の印象が付き纏うのか?
それはそもそもが「リアル志向」「ミリタリー面での読み応え」という
SFの地位を高めるためのSF、としてのガンダムがあったからでしょう。
しかしガンダムが既にコンテンツとして生命力を得て、
仮想敵とすべき「対世間」へのポーズも必要ない。
そうなった時に、ガンダムのいちテーマである「理解」の物語を捉えた時
政治的立場や愛憎が織り成す、ガンダムらしい人間ドラマは
「理解」の視点からすれば、根源的ではないという事に気付いたのだと思います。
それはガンダムのいち要素であるが、ガンダムをガンダムにする為の
必須の構成要素ではない、と。

つまり今回の劇場版ガンダム00は
「理解」というベクトルにおいて、
ガンダムを最も丸裸にしたガンダムでした。
巨大化したガンダムというコンテンツから、どのテーマを抽出し
それ以外の何を切り捨てるか、という
「ガンダムという名前のつくものを作る意味」。
それに、ここまで潔い向きあい方をした作品は
少なくとも僕は記憶にないし
(ギミックでは派手に場違いな『Gガンダム』よりも。
 まあ、あれはガンダムの
 リアルロボットとしての視点を切り捨てたんですね)
僕は正直な気持ちとして、最初に呟いた通り
「残るガンダム」として捉えています。

元々、00は過小評価されているきらいがある、と感じていましたが
劇場版はそのTV版に一定の理解を持っているつもりの僕から観ても
「TV版から、この地平にまで辿りつけるとは思わなかったなぁ」
という、映画を観たその勢いのままに、
他人の評価も調べないでこの言葉を使うのは恐ろしくもあるのだけれど、

「傑作」だと感じました。

ならば、TV版を低く観る人からしても、傑作かはさておき
その評価を引き上げるきっかけにはなりうるでしょう。
それくらい、少々失礼ながら「まさか」といいますか…
特別なケミストリーがガンダム映画に宿った、記念碑的な作品になったと思うし
「ガンダム00」というある種大口を叩くようなタイトルに
今、完全に見合う作品になったのだな、と思います。

関わったスタッフ・キャスト…いや、この言い方はよく目にするが
おそらく当ブログの応援する声優・高垣彩陽さんは好まないかな。
「キャストを含めたスタッフの皆さん」は、
この劇場版をモノにした事で、例えば
「ガンダム同窓会」的な企画がある時、大手を振って参加できるというか(笑)
いや、あくまで個人的イメージの話ではありますが
30周年記念にお台場でガンダムEXPOなどに参加していても
そこにはどこか、新参としての及び腰な姿勢があったのではないか、
と思ったりしていたのですよね。
しかし劇場版で、00はガンダムの一つの頂点に達したのだから
これはもう、堂々と「ガンダム」を名乗ればいいと
映画を観て、TVも好きだけれど、心の底から思えた。
君が、君たちがガンダムだ、と。
僕はそれくらい素晴らしい作品と感じました。
未見の方は、是非、是非是非、観に行ってみるといいと思います。
00スタッフが、僕らの思う以上に本気だった事が感じられるでしょう。

舞台挨拶の話。

僕が観た舞台挨拶は朝イチのもので
皆さんの緊張が感じられるものでした。
観客も、基本的には変な叫びなどもなく行儀よし。
僕は、高垣彩陽さんがいないラジオやイベントを
観たり聴いたりする習慣がないので、
触れる機会は彼女を通してに限定され、
多分に推測になりますが…
宮野真守さんと三木眞一郎さんは、ある面で似ている。
どちらも、とてもピュアなタイプの人間と感じています。
ただ、その己のピュアさへの向き合い方が違っていて
三木眞一郎さんの方が「照れ」が強い人間と感じています。
それが彼の「オイラ」をはじめとした三枚目姿勢にも現れているし
00のイベントなどでも目にした、彩陽さんをいじる姿勢…

※彩陽さんの、長嶋茂雄ばりの擬音感想を
 自分の番の時にそのまま茶化して使っていました。

あれも、彼一流の照れ隠しという風に感じています。
あの人、良い意味で少し古い人で
泣く事をかっこ悪いと想っているはずで、
それを自己調節していると思うんだよなあ…
二枚目なのに、愛らしい人だと思います。

ロックオンはマイスター中唯一の
「ただの人間である」という所に矜持を感じている三木さん。
最終的にこの作品は、人類総イノベイターといいますか
「ただの人間」も「イノベイター」も無い領域に進もうとしているので
あまり、ただの人間である事に拘る意味もないとは思うのですが
本作でのロックオンは、イノベイターでも何でもないにも関わらず
自分の人生経験から、刹那よりも遥かに早く、そして自然に
彼の中の結論に到達していた。
それは、TVを使って、アニューを描いた価値であり
これもまた、やはりガンダム00が50話やって良かった部分でもある。
セカンドシーズン当時も書いた事がありますが
僕は、ライルはサーシェスを殺そうとしていなかったと思っていますから
(結果的に殺してしまったのは自己防衛の殺傷で、復讐の殺傷ではない)
劇中でのライルは、正しく結論をロックオンしていたと思います。

一方で宮野真守さんの方は、その己のピュアさに自覚的。
同様に、ギャグを多用する茶目っけのある人と見受けますが
宮野さんは、楽観的な自分とピュアな自分との
己の中での繋がり方が自然に思える。

舞台挨拶で、宮野さんが「僕はイノベイターになる」と発言し、
その唐突さに会場が笑いに包まれるシーンがあったのです。
で、彼がその理由を語ったあとに
最後にもう一度、同じ発言をした時
会場がもう一度、小さな笑いに包まれた。
個人的には、最初はともかく二度目のこのリアクションは「?」
に思えたし
ああ僕らがイノベイターになるのは遠いのかな、とも思えた。
いや、僕の宮野真守読みなら

※基本的に人間を読みたがってしまうんだ…人間が好きだから!

彼は本気で言っていましたよ。
十中八九。ほぼ確信してます。
だから、感動して拍手する所だと思っていたのに
二度目にも笑顔が観客リアクションになったので、
少し可哀想だなと思いましたね。
とはいえ、彼の熱い心、堪能させてもらいました。

そして、高垣彩陽さん。
胸にピンクの花をつけているあたりが
まさに彼女らしい、フェルトへの、
また作品の「花」というテーマに対する想いの表れだったでしょう。
トランザム!
00のステージにフェルト・グレイス役として立たせていただく機会は、舞台挨拶が終わったら、今後はなかなか無いかもしれません。

前日のブログにある通り、ある意味で
「フェルト・グレイス役高垣彩陽」としての千秋楽の気持ちだった様子。
朝からきもちは高ぶって、溢れ出しそうになっていたし
実際に後の舞台挨拶では溢れてしまったそうです。
何せ、ガンダムですから。今後も言葉を入れる機会はあるかもしれないけれど
物語はここで終わるわけですからね。

これまで、彼女が00という作品にどれほどの想いを注いでも、
その事自体には理解をしつつも、
どこか、遠くから温かい目で見守る感覚というかな。
貴方にとって大切ならそれでいい、的な保護者感覚(笑)だった。
けれど今回、僕の価値観からも「傑作」に辿りついた事で
彼女の気持ちに、素直に乗っかる事ができた気がする。
上に書いたように、ただでさえ00が嫌いでなかった僕も
更に目から鱗といいますか、
「わあ凄い!」と感動したガンダムでしたから…
この日、はじめて敬愛する高垣彩陽さんの視点に
一定の歩み寄りができた、という気がしました。

劇場版が傑作だった事で
「ガンダム00は元々これくらいのポテンシャルがあった」
という意味では、彼女こそが正しかったのでしょうか?
それとも、劇場版が特別に良かったのか。
それは僕には判断がつかない。
けれど今なら、『true tears』同様
きっと彩陽さんとも真顔で語り合えるほどに
00への読み込みも追いついた、という気がしますし
僕にとってそれは、質に殉じる性格上
一定以上の良作・傑作と認めた作品でしかできない事なので…
(まさに、高垣彩陽を傑作として読み込んでいるわけでね)
やっぱり、僕をこのステージにまで引っ張りあげてくれて
ありがとう劇場版ガンダム00、という気持ちになるのでした。

彩陽さんが感動したであろうシーンは、僕も感動しました。
初回の舞台挨拶では敢えて固有名詞は使っていなかったけれど、
彼女の感動するポイントは、セカンドシーズンを
初めて彼女が目にしたであろう時から、変わっていないのでしょう。

そもそもある意味ネタバレ?ですが、
映画が始まって最初に一番興奮したのが
「池田特派員出てきた!」って所だったりして(笑)。
池田に代表されるように、作品の
「総出演感(総決算感)」があるのは良かった。

戸松さんは、珍しく舞台ハケの時
行き過ぎてコケかかったりしていたのが印象的でした。
彼女にしては緊張していたのかな?珍しい(笑)。

水島監督自身が仰っていた通り、
興行的にも悪くない推移を見せているようですし
僕も見に行った感触として
「そうあって然るべき作品だ」と思いました。
舞台挨拶をする皆さんには、緊張と、寂しさと、
内容が内容だけに、観終わった直後の賛否両論を気にはしつつも
それ以上の、圧倒的な自信が伺えた。
そうあっていい作品と感じます。
良い作品をおめでとう&ありがとう!

本当は、ネタバレ全開で
個別のキャラクターを語りたかったりもしたのですが
敢えて、その辺を避けた総論&舞台挨拶話になりました。
でも、具体的な描写について触れていないだけで
個人的には、00のコアに触れていると思うので
ある意味ネタバレなのかも?

ま、まあ!とにかく、劇場版ガンダム00…素晴らしかったです。
ラストシーンなんて、ずっと色んな所で話してきたりしていた
彼らの関係性を読んできた通りの絵で、本当に満たされた。

娯楽映画としてのマナーや構成に則りつつ
最もガンダムしている非ガンダム映画、00を皆で観よう!
9月27日追記
ラストミッション。
因みに舞台挨拶でお話していたら私もまたどーしても観に行きたくなってしまったので今朝行ってきました!!
今度は丸の内ピカデリーさんに行きました〜!
前日舞台に立たせていただいていたなんて不思議♪
二回目も素晴らしかった。
一回目とはまた違った感覚で、色々頭を整理しながら、また新たに感じながら観ることが出来ました。
でもやっぱり涙が止まらなくなる…。
すごいパワー!!
あと何回劇場で観れるかな…
皆様も是非劇場へ足を運んで下さい!

舞台挨拶で一日ガンダムめぐりをした翌日に再び劇場で鑑賞とは
さすがというべきか。
物語自体が素晴らしいものである上に、出演者としての
色々な記憶に引っかかる部分があるはずで、
特別な鑑賞体験なのでしょう。
僕ももう一度は観たいと思っています。
初見では驚いた方が多かったようですが
個人的には望む方向性といえる形になっていたので
一回目からかなり読み込んでしまえた。
ただ、次はもっと感情的に観てみるのも面白いかもしれません。
それくらい、フィルムに重層的なものが乗った作品だと思います。





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とても困難な、しかし価値のあるコミュニケートなのです。
なので気軽に接してください。

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2010/09/26 09:29

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