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zoom RSS アニメ『屍鬼』閉鎖的なのに開放的?珍妙な村社会の景色

<<   作成日時 : 2010/07/12 01:50   >>

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どちらかというとサブカル的な部分に題材を求め
既存のアニメ視聴層に限らないところに、ターゲットを求めてきた
アニメ放送枠「ノイタミナ」。
今回の原作は、その中にあってはかなりアニメ・ゲーム寄り『屍鬼』。
原作は小説、という点だけ取れば、これまでと同じでも
小野不由美による原作は、ゲームやアニメの元としても名高く
最近でも、藤崎竜先生によってコミカライズされている。
もう、かなり「こちら側」に近い作品なのですよね。;
それもあってか?開き直ったのか?
『屍鬼』のデザインは、かなりアニメアニメしているのでした。
で、先に言ってしまうと、それがあまり気に入らないですね、という話。

ちなみに、これからこの文章を書き進めていく上で、
途中で、無意識のうちに
『屍鬼』が『屍姫』になっていたらすいません
・・ってこういうこと書くから本当にミスるんだな(笑)。

『屍鬼』、コミック版は未読です。
原作も読んだ事ない…と思っていたのですが
冒頭から色々引っかかる事が多く、
1話を観終わった頃に、発売した頃に読んでいた事を思い出しました。
ボケ始まった…!?orz

この作品は言うまでもなく、
都会と対比しての、地方の村ならではの物語。
1話を、今いる田舎ではなく
「ここではない、どこか」としての都会に憧れる
ヒロイン・恵中心に組んであるのは、まさにその意味で正しく
恵の願望は、恵だけのものであるけれど、
一方で恵以外に無関係なテーマではないわけです。
とにかく自分のいる場所、いたい場所という
極端な二軸が存在しているのが、この世界で
村、都会というのはその象徴として機能している。

で、そうなんですけども、しかし
折角強調すべき村社会という舞台が
デザインのせいでドッチラケになっていますね、と。

別に、藤崎竜先生の絵が嫌いなんて事はない。
ただ、『屍鬼』にどうか?という適材適所の話として
まず感覚的な話でも、鋭角の顎というのは
それだけ洗練をイメージさせる事になる。
今この作品で描きたいのは、その内部に独自の理が蠢き
因州うずまく、現代にあっても近代化から隔絶された村なのに
その「重さ」に対し、キャクターがシュッとしすぎている。
洗練を、言い換えれば開放を感じ取ってしまうのです。

顎に限らずとも、猫耳ヘアーや、恋愛ゲームにありがちとはいえ
髪の色で個性を分けるような、安易な描きわけが
全体の華やかさを産んでしまっている。
最初、特定の家系だけそうなのかな、と考えたのですが
恵も、都会かぶれを通り越したような
フィクションアイドルのような造形になっていて。

本来彼女が口にした
「まわり皆、シャツ一丁でも気にしないのに
私の格好にはすぐ反応する」
という都会と田舎の対比も、
彼女の極端すぎる造形によって

「それは東京でも引っかかります」

という感覚になってしまう。
本当は、ちょっとおしゃれワンピース着ただけで〜、
みたいな話だと思うんですけどね。
その表現の妨げにすらなってしまっている。
まわりの景色や、いかにもな「村の年寄り」は
それらしく描いているのに、いやそれらしく描いているからこそ
その中に立つ、極端な造形のキャラクターが異様に浮く。
これはもう、主要人物とわかりやすい、なんて次元を超えて
外側の風景すらセットに見せてしまうような、恐ろしい引っかかり。

確かに、所詮は顎、所詮は髪。
本質さえ間違えなければ、そのうち慣れる可能性もある。
ただしかし、どう考えても
この表現テーマと絵は、ギャップ演出という言葉にできないほど
合っていない、と思います。

村に囚われていないと、この『屍姫』の物語は始まらない。
恵も、誰も、「そこにいるしかない」抑圧があってはじめて
そこからの逃避や新世界を求める、
焦がれる気持ちとの対比がきくのに
彼らの容貌は、その時点で開放をイメージしてしまう。

村社会を描くべき『屍鬼』の物語で、
この圧倒的なミスマッチはどうなんだ、と。
藤崎竜先生の「封神演義」は、古代フィクションという
ファンタジー磁場を用いて、そこをファッショナブルなものに転化させていたと思います。
それは見事な、抜け道的回答。
今の『戦国BASARA』など歴女系の発想にもつながるかも?

・・・しかし『屍鬼』の
「90年代だが、いまだ近代化に成功していない寒村」
という土台には、ファンタジーを入れこむ意味もメリットもない。
だからこそ、絵の好みを度外視して、いや絵に限らず塗りなども含めて
この作品の導入には、おおいに不満を覚えました。
その点では、あんなにひどい絵柄(笑)なのに
「ひぐらしのなく頃に」の方が遥かに下限がわかっていて、
髪の色など多少利用しつつも、そういう時は
おかっぱにしたり・・・全体のバランスは保てている。

※今「ひぐらし」の事を思い出していて、ふと気づいたのだけれど
 顎、髪だけでなく「頭身(スタイル)」も関係あるかもしれませんね。
 モデル体型だからさらに浮くのか、そうかそうか。

最初に触れた通り、「ノイタミナ」の企画ラインは
アニメにどっぷり浸かった人向けというより、
少し距離をおいたサブカル層の取り込みを意識しているはずなのに、
このデザインラインが受け入れられるだろうか?というのも
気になるところです。
僕みたいなアニメ好きが引っかかっちゃって、これで
もっと離れた人は大丈夫なのか、と。
髪の色による分類なんて、もっとも耐えられない類だと思うのですが、さてはて。

コンテ演出に若干の許さがあって、
恵が同級生に話しかけられた時の「間」が気になったりもしたけれど、
基本的にはさすがのノイタミナ枠、作画も安定。
なので、なんとか観られる物語になって欲しいものですが
デザインは変わり様がなく、ないものねだりになってしまうので・・・
最初の企画レベルから、作品表現を遂行しようという
意思が足りないんですね、とは思いつつも
早い処、それに慣れていけたらいいなと思います。
慣れても、この企画にこのデザイン、というテーマ軽視は忘れませんけどね。
すでに評価は下げているものの、ここからの巻き返しをおおいに望みます。

ところで、文中に『屍姫』がひとつあるゾ☆←バカ

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