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zoom RSS トラバ記事for『思い出。』

<<   作成日時 : 2010/01/20 20:01   >>

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声優の郷里大輔さんが亡くなりましたね。
少し前には田の中勇さんが亡くなり、それぞれ
立場や捉え方は異なれど、声の世界でも
「この時代」が近づいてきているのかな…とは思います。
勿論、まだ早すぎますけど。

10代の頃から、レコード世代の音楽になじんできたので
自分が本当にときめいたり、刺激を受けたアーティストを
検索してみたら、その人がもう故人であったり
或いは、2000年代に入りどんどんと亡くなったり
…という事は既に経験していて、多分通常の
「自分の世代に合った趣味を持っている人」よりは
先に、こういった「自分の番が近づいてくる感覚」というのかな、
時代は流れる…といったものを、感じてきたのですが
とはいえ、慣れる事はなく、いつまで経っても悲しいですし

同時に、悲しいと感じられることが嬉しかったりもする。

補足します。
人は必ず死ぬし、今もどこかで誰かが死んでいる。
でもそんな中で、強い思いいれや、
直接接した思い出がある人の死は、自分の心に強く残る。
人の命は平等(に価値がある或いは無価値)という基本を踏まえても
個々の心に刻まれる命は、平等ではない。
だから…言葉にするのが難しいな。
その人の死を大きく受け止められる、その人から貰ったもの
或いはその人との日々に、感謝する。
そうやって人生はその彩りを増していく。

例えばニュースで「○○さんが死亡」と言われた時
人が死ぬことそれ自体への哀悼の意は持ちつつも
(誰か、それを悲しむ人はいるわけですからね)
その人の死を、特別悲しめない自分、というものが
悲しかったりもする。
それはこれまでの人生で、一方的にせよそうでないにせよ、
その人との縁を築けなかったという事だから。
その意味では、死を心から悲しめる、というのは
人生において、その人との縁故を、思い出を
ある一定にまで築きあげた人だけに与えられた
特権で、達成とも言える。
だから、その権利を、その日々を与えられたことが嬉しい。
その出会いに感謝したくなる。

と、いう風に考えるのですが
ショートカットしすぎると「死んでよかった」になるので
かなり取り扱いに注意が必要な考え方です。

小学校低学年の頃、前日遊んだ親友が
翌日火事で、一家全員亡くなった…という事があって。
あの日の朝、一階から電話を受けた母親が
「○○くん、死んじゃったんだって」と
階上で寝ぼけ眼の僕に言った
その言葉のニュアンスの細部から、
通学路の途中にある、その家のあたりで風に舞っていた
焼け焦げた新聞紙たちであるとか
学校の机の上に飾られていた花瓶に、吐き気を催した事だとか
焼け残ったレンガの周辺に、ビックリマンチョコをお供えした事まで
全部1つの原風景として、残っているのですけれど。
結局たどり着いた結論は、あいつが死んじゃったんだから
俺はそれを覚えていてあげよう、というか。
それから20年経ちましたけど、時々、忘れないように
彼の名前を呟いてみたりするんですね。
それをきっと、同級生で仲の良かった連中は
個別に行っている。
皆でその事について触れる事は、あれから1度もなかったけれど
そうやって、1つの命を特別に出来た事を
喜ぶことにしています。
多くの人が新聞で読んで「痛ましいね…」と思い
通り過ぎたであろう哀しみと、がっつり向かい合えた幸せ。
それはきっと、あいつの家族にも
個々にそういう人がいて…で、それを×数万倍、数億倍にしていけば
ほら、世界が出来上がる。そうやって世界は成り立っている。
まったく、素晴らしくよく出来た世界。嫌になるくらい大好きです。

Some Kind Of Wonderful
…流れ的に、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」か…?
でも、俺キャロル・キングのファンだし…
ロックバンド、グランド・ファンク・レイルロードのカバーが有名ですが
僕はこの歌は、ソウルで処理するか
女性ボーカルで処理するか、が好みですね。
星の数ほどカバーがあるので、いろいろ探してみて下さい。


↑こんな、謎の超イイコエ老紳士による
ステキ過ぎるカバーもあるよ!
これは謳い方も
ザ・ドリフターズのオリジナルバージョンにかなり近い。
つか、なんなのこの人…好きだ…。
後で僕自身この人を追っかけて調べようと思います。

思い出。

これは嘘ではなく
郷里さんが亡くなった後、僕もデルトラを観ていました。
当方、声優・高垣彩陽さん応援ブログですから
まずはそちらからのレンズで物事を観る。
まずwiki検索して、彩陽さんとの共演作品を調べ
「ホスト部」は話数特定に時間がかかりそうだったのと
タイミングが合っていない可能性も考慮し
すぐ話数がわかるデルトラを。

魔女テーガンの息子で、愚鈍だけど親思い、みたいな
イカボッド(名前が名前だから、テーガンチルドレンの中で
一番目立ってた)を演じておられましたね。
魔女テーガンのシリーズは全体的に好きでした。
結局力でもってテーガンを凌駕するのではなく
知恵や工夫で対処していくあたりが
RPG的にはいつまでたってもレベルヒトケタ感のある
強さインフレを拒否した『デルトラ』らしいなと。
(まあ、そうは言ってもリーフ達は成長していたんですが…
それはモンスターを倒した経験値的なものではなく
シンプルに、「旅の経験による場数からくる度胸」
的なものと捉えています)

世間では「ロビンマスクの…」と言われていますが
勿論、彼のキャリアではロビンマスクはかなり異端なので
声を思い出したければ
「ミスターサタンの」とか「江田島平八の」とか
「バスク・オムの」と言った方が早い気もする。
キン肉マンでも、アシュラマンですねえ、僕的には。
豪胆な声の中に茶目っけというか、心の広さを感じさせる声で
その茶目っけのバランス次第で
内海さんであったり、郷里さんであったり、銀河さんであったりと
様々なオプションがあったのが、あの世代の強み。
今、可愛い声、かっこいい声ばかりに特化していますが
一芸ボイスは大切で、それこそ養成所なんかをやっている所は
そういう声を見出してナンボという気もするんですけどね。
どこも大体同じ方針に見えるなぁ…。

以前、記事でデルトラに触れた時

激突!true tears対ゼーガペイン!

こう書きました。
そう、高垣彩陽さんが1年間4クールという、
継続した場の中に参加した作品。
(1クールは修行には短い…)ベテランの芝居を感じながら
大御所音響監督のもとで、現在に繋がる
さまざまなものを得たであろう
大切な成長のきっかけとなった作品、です。


今回、あやひごろでまさに触れていらっしゃる部分ですが
今、アニメは本数とともに制作費も減少していて
ベテラン達と演技を共にする機会には、あまり恵まれていない。
若い声優たちばかりのキャスティングが大半を占め
そんな作品が「豪華声優夢の共演!」などと言われたりもするのですが
僕は、それに違和感を持っています。
それは「今」の主演クラスが多いだけであって
確かにスケジュールをそろえるのは大変かもしれない。
でも本当に豪華なキャスティングというのは、ベテラン中堅若手と
世代を超えた面々が集まるもの。
そういう意味では、明田川進音響監督(これも豪華っちゃ豪華)
による『デルトラクエスト』は、彩陽さんの仰る通り、豪華。
そして、4クールという継続芝居。
昨今1クール作品、若手オンリーキャストが増える中
彩陽さんは
(そしてリーフ役の坂巻さんも。それが彼女の言う私「達」の正体でしょう)
本当にギリギリ、滑り込みで
「贅沢な修行場」にいられたのだと思います。
sphereを経てか、変わってきてはいるものの
基本自分に自信を持てなかった彼女も、
こんな恵まれた経験をしている、というのは
そのまま誇りに、武器にできるものでしょうし
して欲しいし、しなければならない。
以前、「自慢できる事」という問いかけに対し
自らの事ではなく「素晴らしい人達に出会っている事」
と言ってみせた彩陽さんの事ですから、
言うまでもない事でしょう。

郷里さんの死因自体は、色々あって不確定ですし
ハッキリしたことを言うわけにもいかない。
また、もし寿命や病気でないのなら、先述の
「生きたくても生きられなかった家族」を原体験に持つ僕は
魂レベルで、それを否定したくなってしまう。
でも、個別の事情や状況は、どこまでも理解はできないし
故人の声に貰ってきたものは、それとはまた別でもある。
まずはRIP、ご冥福をお祈りするとともに
こういった経験すら力にしての
高垣彩陽さんの更なる成長に期待しましょう。
そして、それが出来る人だと見込んでいるからこそ

当ブログは、声優・高垣彩陽さんを応援するブログなんですよー。
べつにミーハーな思いからじゃないんですよー。
…ミーハーでもあるんですけどね(キリッ)。

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